相撲やクラシックとの大きな違い
もちろん、歌舞伎を扱った動画はある。松竹や、個々の役者さんの発信もある。けれども、全体的に活気があるとは言えないし、相撲人気を支えるYouTubeなどの活気とは比べ物にならない。
相撲も歌舞伎も、江戸の文化を継承する中で広く深い背景情報がある。年間の日程、それぞれの名跡や四股名の由来、師弟関係、所作の意味合い、衣装や髪型などの衣装とその意味、関東と関西の違いや統合の歴史など、両者には類似の点も多い。
現在、大相撲がチケット争奪戦になるほど人気化している背景には、こうした裾野の広い背景情報を小まめに伝えるYouTubeがあるからだ。情報量は、動画そのものだけでなく、コメント欄に様々な意見が飛び交い、全体として膨大な情報が交換されている。
動画チャンネルも、相撲協会の公式のものに加えて、各部屋が発信したり、評論家や芸能人の通からの発信も多い。これを受けて、相撲中継を担うNHKでは、毎場所の直前に相撲に関する情報バラエティ番組を放映し、かなりマニアックな情報提供もしている。
ネットが「変えた」ということでは、世界的なクラシックのピアノ音楽も新たな展開を見せている。5年に一度のショパンコンクール(ポーランド)、4年に一度のヴァン・クライバーン・コンクール(アメリカ)、3年に一度の浜松国際ピアノコンクール(日本)などでは、予選段階から演奏の全てをネットで生中継し、まるで全世界のファンが審査員になったように参加者たちを応援し、大いに盛り上がっている。
日本の辻井伸行をはじめ、チョ・ソンジン、イム・ユンチャン(韓国)、チャン・ハオチェン(中国)、ブルース・リウ(カナダ)、ベアトリーチェ・ラナ(イタリア)らは、大手の事務所と契約して、世界中で大活躍しているが、彼らの人気を後押ししているのはネットである。YouTubeに多くの動画がアップされているだけでなく、ファンたちがコメント欄に集って盛り上げていることも大きい。
相撲やクラシックのピアノ音楽などと比較すると、歌舞伎のネット利用はまだまだ端緒についたばかりという印象だ。YouTubeに関して言えば、松竹からの発信はあるが、試行錯誤という感じがする。
加えて、歌舞伎の舞台に関する感動を語り、伝えるプロの発信、あるいは高度なファンの発信というのは極めて限定的だ。歌舞伎役者への応援動画なども少ない中で、それこそ、歌舞伎に関する動画の総量よりも、今回の映画『国宝』に関する称賛動画の方が多く感じられるほどだ。
初心者にも歌舞伎を楽しませる仕掛け
また、歌舞伎を楽しむ上で、最も重要な台本と時代背景への理解ということでは、それこそネットによる啓蒙活動は非常に重要だ。細かなセリフの意味合い、所作の意味合いというのが、ストーリーにリンクしており、それが実際の歴史上の事件が江戸期における翻案を施されている。これを簡単に知ることができれば、一気に難易度は減り、ファンの裾野が広がるであろう。
具体的には、歌舞伎とは、通し狂言以外では、ストーリーの起承転結を楽しむものではないということだ。お話を全部通して演じるのではなく、名場面をオムニバス的に演じることで、役者の芸を見るのが歌舞伎の主要な点である。だからこそ、ストーリーも背景も、そしてセリフや所作の意味合いも、事前に頭に入っていれば興味は何倍にも広がる。
ジャンルは違うが、オペラの場合はリブレット(台本)を頭に入れるということは、かなり初心者でもやる。台本が入っていれば、ストーリーがわかり、重要なアリアの歌詞と意味合いを楽しむことができるからだ。
