歌舞伎の場合、外国人向けの英語解説サービスがあり、日本人の初心者向けの解説サービスもあるが、台本そのものの全体や現代日本語訳、英訳などの提供は十分ではない。せっかく役者さんたちが人生をかけて学び演じてきたにもかかわらず、そして通の多くが「口跡(せりふまわし)」の芸に酔いしれている一方で、台本が用意されていないと初心者は置いていかれるだけだ。
さらに、歌舞伎の場合はオペラと異なり、舞踊だけの演目もある。まさに重要な日本の伝統文化の一つである日本舞踊における最高峰の舞台である。これも、舞踊演目の背景説明に加えて、衣装や所作の意味合いなどを知れば興味は倍増するだろう。そうした背景知識は、学校での勉強のように押し付けるのではなく、専門家や高度なファンが発信に務め、それを個々のファンが自ら学び取るのが最も効率がいい。
歌舞伎の醍醐味は劇場における生の空気感であるという。そして、テレビや動画による切り取りによって感興は減衰するというのも、また真実であろう。けれども、その貴重な生の舞台を楽しむためにも、ネットを利用した背景情報の流通を広げれば、多くの新しいファンを取り込んで、相撲人気同様に爆発的な成功を実現することは可能と考えられる。
例えば、ある月の出し物で、中堅の役者さんが大変な評判を取ったとする。その場合の評判というのが、それこそ映画『国宝』の評判が個人的なつながりを通じて爆発的な口コミとして広まったように、ネットを通じて広がるようにすべきだ。
その際に、松竹としては映像化された舞台について「切り取って」批評する、解説するということを何らかのガイドラインを設けて許可していただきたい。啓蒙と批評の活性化ということから考えると、この点はかなり重要と考える。
インバウンドにも貴重なコンテンツ
その他の点としては、インバウンドへの対応がある。これも相撲の成功例は参考になる。大相撲の場合は、今年はロンドン興行があるなど、国際的なPR活動も行っているが、基本的には本場所の中継をNHKが世界中に配信することでファンを増やし、来日時には本場所への動員へ誘導して成功している。
成功のカギは、あくまでホンモノを見せることと、中継の際の英語解説のクオリティである。まさに好角家として、相撲の世界を知り尽くしたコメンテーターが、中継映像に高度で的確な意訳を含めて英語で解説をつけており、これが成功している。
歌舞伎の場合も、歌舞伎座などで専用の器械を貸し出したりして、英語の説明をつけているが、今ひとつ型通りの内容に終わっている。海外のファン予備軍に対して、歌舞伎への熱気、興奮を込めながらより詳細な背景情報を的確に盛り込んだ英語解説をつけることは、非常に重要だ。詳細な情報をウェブ発信することも必要だろう。
例えば、現在のような世界各国からの観光客の日本訪問ブームが続き、彼らの購買力や滞在中に消費する予算規模が続くのであれば、そこには歌舞伎にとって無限の市場が広がっていると言ってよい。なぜならば、他でもない日本を観光訪問先に選ぶ層には、前提としての日本文化への好感、そして敬意があるからだ。その場合に、格闘技である大相撲より、恋愛や政治などを扱った古典演劇で、舞踊と音楽を含む総合芸術である歌舞伎の方がより強くアピールする。
