2025年12月5日(金)

冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2025年9月3日

 重要なのは安易なニセモノを見せないことだ。例えば、今後、仮に統合型リゾート(IR)事業が成功して、そこに大きな購買力を持った来日客が滞在型の観光をする場合に、歌舞伎の興行を持っていくことを検討すべきだ。

 その場合には、歌舞伎座など全国で行われている興行と同一のハイレベルの内容を見せて、その代わり啓蒙的な情報提供はディズニー並みのエンタメ的な親近感で行ったらいい。そして相当レベルのプレミアムな料金を適用すれば、全体的にはビジネスとして成功する可能性は十分にある。

 ちなみに、他でもない日本を訪問先に選ぶ海外観光客にとっては、どう考えてもカジノでギャンブルに時間を消費するよりも、適切な解説のついたホンモノの歌舞伎の舞台を観る方が、高い満足度、高い付加価値を感じてもらえるのではないかと思う。

世界的なヒットの可能性をどう生かすか

 そんな中で、映画『国宝』は世界に進出することとなった。米アカデミー賞の外国語映画賞の候補に推薦する作品となったという。多くの市場で上映されるだろうし、相当に人気化するかもしれない。歌舞伎に興味を示すインバウンド観光客の増加も早期に現実となるかもしれない。

 歌舞伎の演目は、細かな配役も含めて数年先までほぼ決まっているという。けれども、『国宝』が取り上げた演目、具体的には『曽根崎心中』『娘道成寺』『関の戸』『藤娘』『連獅子』『鷺娘』などを、できるだけ早い時点で、各劇場の演目に集中的に取り入れてもらいたい。日本の初心者向けに背景情報や鑑賞方法についての解説を整備するだけでなく、英語による情報提供も充実させたい。

 もちろん、全て非常に難しい演目であり、特に舞踊が主となる演目には最高の難易度のものも多い。役者さんたちにも準備期間は必要だろう。けれども、この映画『国宝』のヒットというのは、千載一遇のチャンスであり、柔軟にそして戦略的に動いていただければと思う次第だ。

 今回の映画『国宝』のヒットで最も重要なのは、歌舞伎の芸というものの深さ、厳しさという概念が、具体的なイメージとして、一般社会に改めて伝わったということだ。これは非常に重要なことで、ならば「ファンになって、歌舞伎を楽しむ」ということが、実は素晴らしい演技に接した際の「感動」を重ねていくことに他ならない。それも伝わったのではないだろうか。その上で「歌舞伎の舞台における感動とはどんなものか」ということを、通やプロの批評家がもっと「言語化」して伝えていくことが求められていると思う。

 そのような方向で新しい世代を巻き込んでファンを育てれば、大相撲人気のように、いやそれ以上に全国でメジャーな公演は大入りとなり、そこにインバウンドの購買力が適度に加われば、全体の経営も盤石となろう。その結果として、人材が集まり切磋琢磨が深まり、次世代の俳優陣を育てることも含めて、全てが好循環になることも夢ではない。そうなれば国立劇場の改築もスピードアップするであろうし、そのためにも、今回の『国宝』ヒットというチャンスを是非、活かしていただきたい。

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