「怖いから見たくない」「被害者に配慮を」といった感情的反応が広がり、結果として作品が「他人事」の不安を映し出すことになった。実際に、SNSでは「東京の映画館で安全にスリラーを楽しむ都市住民と、通勤路を変えざるを得ない地方住民。クマ被害を『他人事』として消費できる地域でのみ興行的に成立する商品」と、作品の在り方自体を批判する声もあった。
ここで批判された、「恐怖を『他人事』として安全に消費できる非対称性」──それが一連のクマ被害によって現実社会で崩れつつある。その「不安の空気」こそが、映画『ヒグマ!!』が公開延期された背景にある本質とも言えるのではないか。
東北をめぐるSNS投稿
漫然とした「不安の空気」がどれほど深く社会に広がりつつあるか。筆者は思いがけないかたちで目の当たりにした。
10月25日、日本経済新聞が「京都だけじゃない日本人観光客離れ 東京など35都道府県で宿泊者減少」という記事を配信した。インバウンドの外国人観光客による過密を主な理由として、国内主要観光地から日本人観光客が離れているとの内容だった。
筆者はその記事を引用しつつ、SNSで次のように投稿した。
「インバウンドの影響少ないところに旅行したいなら、東北地方がおすすめです。
2022年のデータからは、日本に来る外国人全体のうち、100人に1人程度しか東北には来てません。割と空いてます。物価安めです。食べ物美味しいです。」
何気無く呟いた投稿は16万PVを超え、744リポスト、1585いいねを得た(2025年10月26日AM7時時点)。投稿には肯定的な反応も多かった一方、寄せられた声139件(引用96件・返信43件)のうち60件(43.1%)には「クマ」に関わる不安や恐怖、揶揄などネガティブな言及が含まれた。中には、次のような強い言葉もあった。
「また東北に再訪したいと思ってはいますが、熊の駆除をして頭数をコントロールしない限り絶対に行けません……
現代日本で熊に食われるなんて、そんな残酷な死に様がありますか?
観光招致の前にやるべき事をやって下さい。
これは風評被害ではありません。実害です。」
「風評被害ではない、実害です」との言葉は特に胸を抉る。2011年に発生した東京電力福島第一原子力発電所事故以降、福島に何度も向けられてきた言葉の再現だからだ。
クマによる被害が急増しているのは事実であり、事実が含まれる言葉には一見して「疑いようの正しさ」もある。一方で、そこにはまさに「恐怖を『他人事』として消費できる非対称性」──「他人事」であるが故に「白か黒か、ゼロか100かの定量性無きリスク判断のまま思考や関与の停止」が許されている状況もある。
