2025年11月18日(火)

Wedge REPORT

2025年10月31日

 「クマが現実の脅威になるほどに、スクリーンのクマは遠ざかった」──。11月21日に封切りが予定されていた鈴木福主演の映画『ヒグマ!!』が公開延期を発表した。闇バイトに手を染める若者たちが、北海道の山中で1頭のヒグマに次々と襲われる逃走劇。理由は「現実の被害が続く状況を真摯に受け止め、関係者と綿密に協議を重ねた結果、落ち着いた環境の中で映画を楽しんでいただける公開時期を再調整することといたしました」とされている。

映画「ヒグマ!!」公式Xより

 SNS上では「これもキャンセルカルチャー」「今だからこそ公開すべき」「映画なら観たくて金払って観に行かなきゃ目に入らないんだから気にしなくていいのに」など延期判断に否定的な反応が見られた一方、「とかく興行は利益最優先になりがちな中で、社会の不安や生活者の苦悩に配慮する姿勢は評価に値する」との声もあった。

映し出す「他人事」の不安

 公開延期について、映画の宣伝・配給などを手がける企業「NAKACHIKA PICTURES」代表の小金澤剛康氏は、「現場で最も大切にしてきたのは『安心感』です。お客さまは様々な感情で映画を楽しみたいと思って来場されます。(中略)あるドキュメンタリーのように現実と照合して深く考える作品も私たちは多く配給しておりますが本作は違います。現実に起こりうる題材をスパイスにし非現実的な掛け合わせを行うことで立派なエンターテイメントとして昇華させることを狙いとしています。本作を観ながら現実の事象に悩み苦しむような状態を作りたいわけではありません。またその憂慮のウェイトをあげたいわけでもありません。本作をとにかくエンターテイメントとして、映画館で安心して堪能していただきたいと思っています」と語った

 この言葉には「誰も傷つけたくない」という配慮と同時に、「現実の議論を映画から切り離したい」という意識も感じられる。エンターテインメントの立場から見れば自然な態度だが、そこに社会の「空気」を読む慎重な距離感が透けて見える。

 「現実から距離を取る」映画が、現実の空気に押されて上映を延期するという逆説は、いまの日本社会の鏡でもある。SNSの投稿の数々を読むと、単なる判断批判よりも「不安を共にすることの拒否」的な心理が透けて見える。


新着記事

»もっと見る