そのため、トランプ政権は、昨年11月に大統領選挙に勝利して以後、積極的にロシアとウクライナの停戦交渉に取り組んできた。この夏には、プーチン大統領をアラスカに呼んで、直接首脳会談を開いた。問題は、そのような取り組みが実を結んでいないことである。
トランプ政権としては、ロシアに圧力をかけて、停戦に持ち込みたい。ロシアの経済は原油などの天然資源輸出に支えられているから、昨今、ウクライナは、これを停止させようと、ロシアのエネルギー関連施設を集中的に攻撃している。
そのような中で、中国やインド、トルコ、その他いくつかのヨーロッパ諸国などがロシアから原油を輸入しなければ、大きな打撃になるはずだ。そこでトランプ大統領は、少しでもロシア産の原油が輸出できない兆候があれば、それを積極的に発信して、ロシアに圧力をかけ、停戦に応じさせたい、との思惑がある。「インドは輸入をやめるみたいだぞ。ロシアよ、それでいいのか」といった具合に、である。
インド政府の思惑
では、インド政府の方は、なぜ、トランプ大統領の発言を否定したいのだろうか。モディ政権にとって深刻なのは、モディ首相の行動がアメリカの圧力に屈したようにとらえられることだ。
トランプ大統領の就任当初、首脳会談も行われ、とてもいい関係だった米印は、関税交渉と印パの軍事衝突においてアメリカが停戦に貢献したか、をめぐってぎくしゃくするようになってしまった。そしてロシアから原油や武器を買っているとして、アメリカはインド製品への関税を50%に引き上げた。インドにとってアメリカは最大の貿易相手国だったから、関税50%は大きな影響を与えている。
もともとインドは、イギリスの植民地だった過去、冷戦時代にソ連側だったこともあって、アメリカに対する感情的な反発が強い。しかもバイデン政権の時代に、米印関係はさらにぎくしゃくしていて、トランプ政権がこのような雰囲気を変えてくれることを期待していた。
ところが、トランプ政権下でも米印は関係が改善しておらず、インドではアメリカに対する反発が非常に強まっている。そのような環境下で、もしモディ首相が、アメリカの圧力に屈したようなイメージが出れば、それは、モディ首相への支持に大きく影響する。
しかも、モディ政権への支持は、以前ほど安定していない。依然として与党インド人民党(BJP)は第1党であるものの、昨年の選挙では過半数に達しておらず、連立政権となった。
トランプ大統領の発言の少し後、11月頭にあるのが、その連立相手の命運がかかったビハール州の選挙だ。そんな時にモディ政権としては、アメリカの圧力に屈したかのようなイメージは作れないのである。
しかも、インドは意外と義理堅いところがある。インドはロシアに恩を感じているようだ。第3次印パ戦争時、アメリカはパキスタンを支援し、インドに対して空母を派遣した。その時ソ連は、原子力潜水艦をインド洋に派遣し、アメリカの空母を迎え撃とうとしてくれた。
