急増するメンタル不調に
産業医は何をすべきか
産業医の起源は、1938年の旧工場法に定められた工場医にさかのぼる。戦後47年の労働基準法をへて、72年に労働安全衛生法で産業医という言葉が用いられた。常時50人以上の労働者を使用する事業場に産業医の設置義務があり、その人数規模によって嘱託か専属かが決まる。
「工場医の時代は、工場労働者の労災や結核などの感染症対応が業務の中心だった。やがてアスベストなどの職業病対策へと健康課題が移り、今では従業員のメンタルヘルスへの対応が主になっている」
そう指摘するのは日本産業医支援機構代表取締役社長の佐藤典久氏。「社会の変化に伴って産業保健も変化する。2015年に電通で過労自殺が起きた影響や、ストレスチェックの導入時期が重なり、長時間労働による健康リスクやメンタルヘルスがより注目された」と続ける。
厚労省によれば、24年度の精神障害による労災請求は脳・心臓疾患の3.7倍に達し、同年の労働安全衛生調査では、メンタル不調による休職または退職した従業員がいると回答した事業所は、全体で12.8%、大企業では9割以上を超えた。
この問題に対し、「今のままでは、〝名ばかり産業医〟がメンタル不調による休職を助長しかねない」と警鐘を鳴らすのは、獨協医科大学埼玉医療センター教授で精神科医の井原裕氏。精神科医として臨床をしながら、複数企業の産業医・顧問医として従事している。
「メンタル不調で休みたいという社員が医師に診断書を書いてもらい、それを会社に持参して休職を求めるケースが増えている。なかには虚偽に近い診断書もあり、安易に鵜呑みにすべきではない。特に、最近は『診断書即日発行』を謳うメンタルクリニックが急増し、数分の面談で希望通りの休職を、希望通りの期間で記してくれる。要休職の理由も、その期間も、どこにも根拠は記されていない」と危機感を募らせる。
また、「安易な休職も拙速な復職も労使双方にとってマイナスだ。休業と復職を繰り返してキャリアの停滞を招き、失職後に再就職に失敗し、ついに生活保護に至った事例を何度も見てきた。企業としても休職中は人件費を回収できず、人事管理の失敗と言わざるを得ない」(井原氏)。
加えて、制度理解にも課題がある。弁護士法人かなめ代表弁護士の畑山浩俊氏は「休職制度は本来、私傷病などで一時的に労務提供ができない従業員に対して、解雇を猶予する制度である。民間企業における休職制度は就業規則によって規定されており、その発令は法人側の判断による。従業員個人が『休暇』のように使える制度ではない」と強調する。
安全配慮義務の下で、過度に従業員に配慮した対応を行うことは、組織の健全性が失われる恐れもある。
ただ、メンタルの不調は外傷などと異なり、精神科に精通していなければ、線引きや判断が難しい問題だ。もっとも、精神科が専門ではない産業医が専門家の診断書を無下にできないことは言うまでもない。では、産業医には何が求められるのか。
「自らよく調べ、よく話し、よく観察することが重要だ。受け身で業務をしていては存在価値を失う」
近畿大学法学部教授の三柴丈典氏はそう直言する。

