難民受け入れはEUへの有力な交渉材料、エルドアンの深謀遠慮
7月22日。アイバルクの海辺で出会ったチャナッカレ近郊出身の自転車乗りの青年は難民問題を更に掘り下げた。エルドアン政権はシリア以外にもアフガンやイラク難民を受け入れており、大量の非トルコ系の難民受け入れにトルコ国民は不満を抱いている。他方でエルドアンはトルコが欧州に向かう難民の防波堤の役割を果たしていることを、対EU交渉の武器として抜け目なく利用して、EUから補助金など様々な見返りを引き出していると指摘した。
8月1日。チェシメの街の雑貨屋のオヤジは筆者が日本人と知って「日本から見てエルドアンをどう思うか」と聞いて来た。筆者は「どこの国でも誰でも長年政権を握ると独裁者になる」と一般論で回答した。オヤジは「庶民にとり、一番の問題は経済だと力説。インフレによる物価高で生活が苦しい。エルドアンはトルコ人の収めた税金でアラブ人難民を優遇して甘やかしている」と感情をむき出しにした。
エルドアン支持の庶民からも“インフレと物価”及び“非トルコ系難民の費用負担”批判は、各地で再三聞かされた。フツウの庶民にとり“言論の自由”や“公正な選挙”などは日常生活には縁が遠いが、物価と税負担は庶民の生活を直撃するので切実な問題なのであろう。
国際人のエリート女性の客観的なエルドアン政権へのダメ出し
8月11日。ミレトスのアポロン神殿近くの海辺で出会った30代半ばの女性は経済学の権威であるロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで博士号を取得して、現在は南アフリカの大学で教鞭を取っている才媛である。
彼女はエルドアン政権下で、トルコ政治の近代化は、エルドアンが首相に就任した2003年から逆行して後退してしまったと喝破。強権的政権運営と権力乱用による反対勢力と政敵の排除が横行した。結果として民主主義の基盤が崩壊。言論の自由、活発な討論が失われ、かわりに民衆の間に“諦観”(『長い物には巻かれろ』)が蔓延していると現状を嘆いた。
8月24日。オリュデニスの雑貨屋のレジの女子は、エルドアンが徐々にトルコを保守的イスラム社会に回帰させようとしていると危惧した。1923年のトルコ共和国建国以来、政教分離を国是としてきたが、オスマン帝国時代のようにイスラムの戒律の大義名分の下で男尊女卑の諸制度が復活し、女性の権利が制限される社会に戻ることを懸念していた。
(注)35年ほど前に筆者が駐在していたイランでは、イスラム法の名の下で女性の自由は制限されていた。就業制限(男性に伍して仕事をすることは忌避される)、行動制限(女性はオートバイ・自転車禁止など)、スキー場・海水浴場・バス・列車の座席などは男女別々など。さらに地方や農村部では女性が一人で外出することは実質禁止されていた。
長期エルドアン政権が芸術に及ぼす影響
9月6日。オリンポスのカフェで会った大学の芸術学部の教授は映像制作技術が専門。他方で黒沢、小津、溝口などによる往年の日本映画にも詳しい。近年はインド、イランでも芸術性の高い作品が出てきているがトルコの映画界からも世界的に評価されるような作品が出ることを期待していると語った。
「どこの国でもいつの時代でも表現の自由が保障されていなければ芸術的作品は生まれない。言論の自由が危うくなっている現状では“映像表現の自由”が保障されるのか気懸りだ。仮にエルドアン大統領が何も言わなくても若い映画監督や映像クリエーターが“社会の空気”や“取締り当局の暗黙の意向”を少しでも忖度すれば芸術性は損なわれる」と声を落とした。
