2025年12月12日(金)

Wedge REPORT

2025年12月12日

子どもに必要な
豊かな〝経験〟とは

 スキーマを養うのに重要なのが、豊かな「生活体験」だ。それは高額な体験型教育や海外旅行のような「特別な経験」という意味ではない。家庭で料理を手伝いながら分量を測り、できたものを人数分に分ける。家の近くを一緒に散歩して、季節の変化を感じながら会話をする──。

 日常生活の中で、数や言葉、自然への理解を積み重ねていくことが、やがて学習の土台となるスキーマを形づくるのだ。

 「読書」をすることも効果的だ。多くの調査で、家庭の蔵書数が子どもの学力と強い相関を示すことが知られている。これは本を多く所持しているから学力が上がるという単純な因果関係ではなく、親の「書物」や「学ぶ」ということに対する態度が反映された結果といえるだろう。

 本をたくさん読み、その価値を知っている保護者は、本の購入にお金をかけたり、休日に図書館に連れて行ったりと、自分の体験から、自然と子どもの思考力を養うサポートをしていることが多い。

 読書の方法として、私が推奨したいのは親子で一緒に読むということだ。日本では、小さい頃は読み聞かせをするが、ひらがなが読めるようになった途端、子どもに一人で本を読ませるケースが多い。しかし、その段階では、子どもはまだ「文字」を拾い読みしているに過ぎない。本の内容の深い理解を促すのであれば、大人が隣で読み上げ、子どもは文字を目で追うという方が有効だ。

 一緒に読む本は、絵本や文字の少ない児童書でもよい。大人が読ませたい本、読んでほしい本を押し付けるのではなく、子どもが楽しめる本を一緒に読むことが大切である。

 近年では共働き家庭が増え、親が子どもと過ごせる時間が限られるという現実もあるだろう。だが、大切なのは「時間の長さ」よりも「質」である。週末の短い時間でも、子どもの話を聞き、共に本を読み、言葉を交わすだけで、思考力は確実に育まれる。しかも、本来、読書は知識をつけるために読むものではなく、楽しむものであり、知識はその結果として身につくものである。親自身が読む楽しみを感じ、その姿を見せることが、子どもの「学ぶ力」を静かに育てる。

 子どもの学力向上は塾に任せるのが一番〝楽〟な選択肢かもしれない。ただ、塾に通わせるにしても、「何を重視する塾なのか」を保護者が見極め、その責任は負うべきだ。

 冒頭でも述べたように受験自体が悪いわけではない。受験のための勉強でも、そこから深く思考し、知識を自ら構築することは可能だ。だが、学ぶこと自体を楽しむのではなく、単に効率よく点数を稼ぐための方略を覚えることを重視したら、せっかくの勉強が、「死んだ知識」製造マシンになってしまうことも、知っておくべきだ。詰め込みではなく、生活に根ざした学びの積み重ねこそが、「生きた知識」となって子どもの景色を変えるということを、我々大人たちが理解しておく必要がある。(聞き手/構成・編集部 梶田美有)

Facebookでフォロー Xでフォロー メルマガに登録
▲「Wedge ONLINE」の新着記事などをお届けしています。
Wedge 2025年12月号より
令和の京都地図 古くて新しい都のデザイン
令和の京都地図 古くて新しい都のデザイン

時代が変わるたび、京都は常に進化を遂げてきた。「千年の都」京都は今後、どう変わってゆくのか。日本人のみならず、世界中の人々を惹きつけてやまない魅力や吸引力はどこにあるのか。京都に根を張る各界の先駆者たちに聞く令和時代の新しい京都地図とは─。


新着記事

»もっと見る