試合そのものは、カスパロフ氏が悪戦苦闘の末、3勝1敗2引き分けで終えたが、近くの宿舎に戻った彼に直接単独インタビューした際、漏らした以下のような率直な感想がはっきり記憶に残っている。
「今回は勝てたが、とにかく疲れた。長時間の戦いになるほどこちらは体力が持たない。そのうち、能力面でもマシンにやられる時代が来るだろう」
予言通り、翌年、性能を一段と向上させた「ディープ・ブルー」の再挑戦を受けたリータン・マッチでは、カスパロフ氏はあえなく敗退した。
あれから30年後の今日、まさに人間以上の運転技術と情報力、判断力を備えたAIタクシーが実際に市民社会の中にこれほど浸透し始めるとは――。
「Waymo」社はこれまでのところ、配車可能範囲に関し、スピード制限の厳しい市内公道に限定しているが、最近まで何千回にも及ぶ専門技術者同乗による走行テストをへて陸運局の認可もクリア、いよいよ来年からは、オークランド、バークレーなど近郊都市に拡大するとともに、時速80マイル(128キロ)以上の走行も可能なフリーウェーにも無人タクシーを展開予定だ。
だが、実際にフリーウェーを猛スピードで走り始めた場合、利用者は市内走行時のように安心してドライブを楽しむことができるだろうか?ここから、人間の対AI信頼感の問題が出てくる。
それでもマシンに任せない
今からちょうど10年前、無人運転技術研究で知られたカーネギー・メロン大学(ペンシルバニア州ピッツバーグ)の「ロボット工学研究センター」を訪れたことがあった。
そこでは、AI搭載のミニカーが何台も室内テスト・コースを自在に走り回り、実用無人車出現も「今や時間の問題」とされていた。
人間、AIそれぞれの能力と限界などについて1時間近くレクチャーを受けた後、最後に「車の運転は、人間より、AIに任せた方がより安全な時代がすでに来ている」と自信を見せる担当教授に、率直な疑問を投げかけてみた。
「あなた自身、近い将来、無人カーが実用化され、ある日深夜、ピッツバーグからニューヨークまで車で出張した場合、片道5~6時間のフリーウェーでの長旅の最中、車内で眠っていられますか?」
ベテラン教授は質問が唐突だったのか、一瞬考えこんだ後、こう告白してくれた。 「その時は、いくら深夜で眠気に襲われたとしても、AIのハンドル裁きを助手席でウォッチしているでしょうね……念のため」
「念のため」は、今や自動操縦システムにより安定飛行が可能となっている民間航空機のコクピットで操縦かんを握るパイロットも同様の心境に違いない。人間は不完全な生き物だとしても、マシン任せより、自分の腕に信頼を置くことで安心していられるのだろう。
果たして来年から、サンフランシスコ周辺で、フリーウェーでの無人タクシー利用客が一気に増え始めるのかどうか、その動向が気になるところだ。
