大学に求める「専門」教育
1点目は即戦力、専門性ということだ。AI時代においては、これまで人間が担当していた業務の多くが自動化される。これに伴い、どう考えても人間の役割は高度化する。機械では対応できないトラブルの解決、機械に任せられない改善改良の計画と実施など、より高度な業務だけが人間の役割となる。
そうした時代において必要な採用基準とは、仕事そのものの実践力、つまり即戦力と専門性となる。現在の日本の産業界は、メンバーシップ雇用からジョブ型雇用への過渡期にある。
まだ大学は高度な即戦力人材を送り出す機能を完備していない。その結果として実務教育は各企業に引き続き委ねられているが、その内容は過去の成功体験の影響や企業ごとの独善的な偏りを引きずる中で、労働市場における人材価値を着実に高めるものとはなっていない。
そうではあるのだが、少なくとも新しく迎える人材の選別においては、何としても高度な即戦力を期待し、その観点から選考するべきだ。また、そのような採用姿勢を強く打ち出すことで、大学生の意識を変え、高校生にも進学への真剣な選択をしてもらわねばならない。そして産業界と学生の双方の圧力によって、大学に変革を迫るべきだ。
学生が獲得すべき専門性とは多岐にわたるが、何よりも「英語のできる理系人材」「財務諸表の分かる経営参謀候補」「計画と実施を自他に厳しく管理する能力」などは具体的に要求すべきだ。いずれも、高度な筆記と面接で実力を見抜くノウハウを持つべきだし、インターン制度はその良いプロセスとなる。
経理や労務は企業文化を反映するので、先に忠誠心を入れてから各社が自己流で教えるというのが、昭和後期以来の習慣かもしれないが、この際、この伝統はスパッと切り捨てることも必要だろう。学生時代は世界を放浪したとか、挨拶だけは大声でできるなどといった幼稚な問答で全人格を信用して生涯賃金を用意するという悪習は、いい加減に過去のものとすべきだ。そんなことでは、AIを使いこなす側の人間は選べない。
ビジネスとは摩擦と抵抗を減じる行動
2点目は対面交渉能力だ。企業も官庁も、組織とは利害対立の場である。
予算は無限ではなく、これに対する住民や消費者の要求は無限である。設計者は理想を追い、営業は売りやすさを追い、経営は数字を求めるが、その3者の利害は全く一致しない。つまり企業が求める人材の要件としては、利害の一致しない局面におけるコミュニケーション能力となる。
これは、いわゆる不動産セールスマン流の「ディール」能力とか、ハイエナ投資銀行の「買いたたき能力」にとどまらない。理想を追い、壮大な未来に賭けるプロジェクトでも利害調整は必要だし、むしろ多くの守旧派への説得が成否を分ける。ビジネスとは人と人、組織と組織、国と国の接点においてヒト・モノ・カネが流れるように、摩擦と抵抗を減じる行動にほかならない。
