なぜ、今、解散なのか?
そこで、今回の解散について見てみると、高市早苗内閣の支持率が70%前後で推移しているのに、衆議院における自民党の議席占有率は41%にすぎない。この議席占有率は、石破茂総裁当時の民意を反映したものだが、石破内閣の支持率は概ね30%台で推移していた。
この支持率の顕著な差を見ると、高市早苗内閣成立以来、民意と自民党の衆議院の議席占有率との間には放置できない乖離が生まれていた可能性は十分にあった。改めて、主権者たる国民に主権行使の機会が与えられるべき状況にあったと認められる。
その上、前回総選挙当時は、自民党とリベラル的傾向の強い公明党との連立政権であり、その政策もリベラル寄りの色彩が強かった。しかし、石破内閣に代わった高市内閣は、自民党より保守的傾向の強い日本維新の会と連立を組み、その政策も石破内閣よりはるかに保守色の強いものになっている。
単に、議席配分が民意から離れている可能性があるというだけではなく、その内閣の性格及び政策が前回総選挙の時と著しく異なるものになっていることを考えれば、今回の解散は民主主義に適っている。
2026年度予算案の審議に入る前に解散したことについて各方面から批判が起きているが、石破内閣とは大きく異なる高市内閣の政策に基づく予算案を、石破内閣当時の民意に基づく議席配分で審議することの方が民主主義の観点からは違和感がある。その他にも、今回の解散については、前回の総選挙から1年3カ月しか経っていないから早すぎるのではないかとか、憲法で4年の任期が定められているのにその任期満了前の解散を繰り返すと、議員が落ち着いて政治課題に取り組めないのではないか、あるいは、大衆迎合的になるのではないか等々の批判的意見も示されている。
しかし、重要なことは前回総選挙から今次総選挙までの期間の長短ではない。前回総選挙と今次総選挙までの期間に民意が大きく変化している可能性の有無こそが重要なのだ。
衆議院は参議院より民意に近くあるべき
また、民主主義的観点からすれば、主権者たる国民が主権を行使する機会が多いということは歓迎すべきことだ。解散があるために、衆議院議員が4年の任期を全うすることはほとんどない。それはむしろ当然のことだ。
憲法は、内閣不信任案等の議決権を衆議院にのみ与えているほか、内閣総理大臣の指名、予算案の議決、法律案の議決、条約の国会承認等について衆議院の優越を定めている。それは、衆議院が参議院に比べ、より一層民意に近いところにあると考えられているからだ。言い換えれば、衆議院は常にそのときの民意を反映していることが憲法上の要請ということになる。
