参議院議員は6年の任期を全うするのだから、衆議院議員も原則として4年の任期を全うさせるべきだとするのは、参議院と衆議院の役割の違いを無視するものだ。参議院が、長期的視野に基づく熟議や継続性、安定性を確保するために議員に6年もの任期を保障しているのに対し、衆議院はその時々の民意を反映させるため、議員の任期を参議院より短い4年とした上、任期途中でも解散による議席の入れ替えまで認めていることの憲法上の意義を考えるべきだ。
国政選挙の頻度が高ければ高いほど政策が短期的になり、ポピュリズムに流れるという批判もあるが、本来であれば、ポピュリズムを防ぐ役割は参議院が担うべきものだ。問題は、国政選挙の頻度が高いことではなく、参議院が衆議院と同質化し、その本来の役割を果たせていないことにある。参議院のあり方も真剣に検討されなければならない。
今回の解散の歴史的意義
さらに、頻繁に衆議院が解散されることが政権交代可能な政党が育ちにくい要因になっているという意見もあるが、日本に政権交代が起きにくいのは、野党の外交・安保政策・エネルギー政策等の根幹的政策が現実から遊離しているからだ。このような状況であれば、解散の頻度と関係なく政権交代は起きにくい。
高市内閣の突然の解散は、反射効として中道改革連合を生み出したが、その過程において、立憲民主党が、安保法制違憲論や原発ゼロ政策を修正した。中道改革連合が選挙後も正真正銘の穏健保守として存続し、自民党の左派を吸収するようなことになっていけば、ようやく、政権交代可能な野党が生まれることになる。そうなれば、今回の解散には歴史的に極めて大きな意義があったことになる。
いずれにしても、主権者たる国民の意思は26年2月8日に示される。それが、戦後日本の政治状況を大きく変えることは間違いない。
