妻の実家の資産が巨大ということから、超富裕層として庶民感覚を持たない人物だという批判もないわけではない。だが、何といっても2度の金融危機を渦中で経験した中で、金融政策を誤れば国が吹っ飛ぶ危険があることを骨身に染みて知っている人物、金融界における評価はこちらが一般的である。
金暴落の〝正体〟
では、どうしてトランプ大統領はウォーシュ氏を指名したのだろうか。理由はそれほど深いものではないだろう。
友人の娘婿であり、トランプ氏には礼を尽くすタイプだということもあったに違いない。また、支持者向けに「利下げ」に固執するトランプ氏の立場に、ウォーシュ氏が理解を示したということもあるだろう。
ちなみに、トランプ氏が利下げに固執するのは、他の問題と全く同じ構図である。支持者向けに政策を簡略化し、正面切って反対する人物と対抗することで、支持者へ満足を与えるためだ。製造業を国内に戻すにはドル安がいいし、景気に少しでも翳りが見えたら利下げして景気を刺激したい、そもそも住宅ローン金利が下がれば消費者は喜ぶ、という程度の理由であると思われる。
けれども、物価に敏感で経済の現状に強い不満を持っている支持者に対しては、このように単純化した政策の提示が必要、これがトランプ流である。現FRB議長であるジェローム・パウエル氏は「安易な利下げは景気の過熱とインフレを招く」として、ここ数年は非常に厳密な金利政策を実施してきた。このような難しい政策運営は現政権の支持者には届かないのであって、大統領はそこで対立劇を見せることで政治のドラマを継続している。
こうした中、百戦錬磨で、それこそリーマンが破綻し、バンク・オブ・アメリカ(バンカメ)もメリルリンチも危機という地獄を見たウォーシュ氏には、この構図の全体が別の意味での危機に見えたのであろう。ポピュリズム政治を批判するのは簡単だが、実際にリアルな世界でポピュリズム政治が回転してしまっている中では、この現実を危機として受け入れ「それでもアメリカの金融システムが潰れない」策を考えているのは間違いない。
今回の「ウォーシュ・ショック」の原因もそこにある。市場はウォーシュ氏に対して、トランプ氏の言う通り利下げを行いつつ、奥の手の金融引き締め策を使ってドルの防衛を行いつつ、大統領の信任を保つという一種の奇跡を実現する人物、そんな期待を持ってしまったのである。
つまり、執拗に利下げを迫る政権の姿勢に市場は疲れ果てていた一方で、パウエル氏のような正論一本槍では、ポピュリズム時代には機能不全に追い込まれる――。そんな絶望感が支配していた。だからこそ、それこそリーマン・ショック時のように、多くの資金が金に退避していたのである。
そこへ「奇跡を起こす人物が現れた」とくれば、市場の連想は一気に逆転した。つまりポピュリズムの束縛で窒息しようとしていたドルが息を吹き返す、そんな期待感が暴走した中で、バブル化していた金価格に大きな調整が入ったということだ。
