2026年3月4日(水)

医療神話の終焉―メンタルクリニックの現場から

2026年3月4日

 戦後から1990年代末、日本は、高度成長期、石油危機、バブル景気、バブル崩壊といった激動の時代であった。それぞれの時代を代表するワードは、高度成長期なら「モーレツ社員」で、バブル期なら「24時間戦えますか」である。

 「モーレツ」も「24時間」も、それらに耐えられず、脱落していった人もいたはずであろう。このころの就業者のこころの健康は、おそらく今より悪かったと推測される。

 それにもかかわらず、傷病手当金に占める精神障害の割合は高くない。当時の傷病手当金は、その主な原因疾患は、外傷、消化器疾患、感染症、循環器疾患、がんであり、精神障害については受給する人は少なく、長期化も目立たなかった。

 潮目が変わったのは99年であり、その問題がいよいよ露呈し始めたのは、今世紀に入ってからである。98年までは、精神障害の件数は目立つ数値ではなかった。それが、世紀の変わり目から急に上がり始め、2010年代には傷病手当金原因の第1位になり、24年には全体の半分近くを占めるようになった。

労働環境悪化では説明できない

 傷病手当金精神障害支給の13倍問題は、職場環境の悪化では説明がつかない。

 高度成長期には、週休1日制が一般的であり、長時間労働は常態化し、安全配慮義務も法制化されていなかった。「ハラスメント」については用語すらなく、業界によっては、軍隊式の罵声が職場に持ち込まれた。昭和の財界を代表する土光敏夫が「怒号さん」と呼ばれたことは、よく知られている。

 しかし、これは「今は昔」の物語である。怒号は許されない。制度も整備された。働き方改革関連法、時間外労働上限規制、パワハラ防止法制化、ストレスチェック義務化、育児介護休業制度整備など、制度面では労働環境は劇的に改善している。

 それにもかかわらず、精神障害による長期給付は急増している。もしこの増加が「原因は労働環境悪化にある」というのなら、高度成長期の方が、精神障害休職者は多かったはずである。実際には、増加は99年以降であり、労働時間のピークとははなはだしい乖離がある。


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