図2は福島第一原発の事故に伴い、測定された放射線の空間線量率平均の推移を図示したものである。震災が発生した11年時点での空間線量率平均では、福島県沿岸部から内陸にかけて広範に空間線量率が測定されている。
10年以上が経過した23年時点では、除染作業や物理的な放射線量の減衰、風雨など自然要因による減衰等により、大部分の地域で青色の低い空間線量率平均の値となっている。ただし、11年時点で高い空間線量率平均が観察された赤色の地区は、23年においても高い値が残っており、帰還困難区域と重なる。
帰還困難区域とは、原発事故の際に避難指示が出された地域のうち「長期間、帰還が困難であることが予想される区域」で「将来にわたって居住を制限することを原則とし、線引きは少なくとも5年間は固定する」とされる地域である(帰還困難区域の基本的考え方等 (平成23年12月26日 原子力災害対策本部決定)。この地域では住民の立ち入りや活動が制限されており、住民は戻ることができていない状況である。
ここで、震災と地域住民の避難に関して振り返ってみる。福島第一原発の電源喪失のため、11年3月には福島第一原発から半径20キロメートル(km)圏内で避難指示区域が設定された。その後、放射線量(空間線量に基づく年間積算線量)のレベルに従い、「帰還困難区域」、「居住制限区域」、「避難指示解除準備区域」が指定された。このうち、放射線量年間50ミリシーベルト以下と見込まれる居住制限区域、避難指示解除準備区域はすべて解除され、現在では帰還困難区域だけが残っている状況である。
福島15市町村のインフラ状況
復興庁では福島原発の事故の際に避難指示が出された福島県内の15市町村について23年に「産業復興事例集」(福島県15市町村の現況)として公表している。以下では、ハードや社会環境面を中心に主要な復興状況を確認する。
まず住まいに関しては、復興公営住宅の計画戸数4890戸のうち97.5%が完成しており、帰還者向け災害公営住宅は計画戸数453戸のうち95.1%が完成している。
交通網のうち、福島県沿岸部を走る常磐自動車道は15年3月には常磐富岡ICから浪江ICが開通し、被災後4年目にして全線開通が実現した。その後、順次福島県内にICが追加設置され、さらに、対面通行(片側1車線)の区間が存在する常磐自動車道は被災後10年目の21年には福島県内のいわき中央ICからの広野ICまでが4車線化された。
また、21年4月には復興支援道路として、沿岸部である常磐道と内陸部である東北道をつなぐ無料の自動車専用道路「相馬福島道路」が全線開通。元の状態に戻す「復旧」から1歩充実し、「復興」の社会インフラ整備とみなすこともできる。
もう一つの交通網であるJR常磐線は14年から部分的に運転を再開し、被災後9年目の20年3月に全線で運転を再開することができた。常磐線の在来特急電車「ひたち」号(品川・上野~仙台)が復活した。

