残りのおよそ8割のイラン国民は、イラン現体制の締め付けに辟易としており、反体制デモが発生すれば路上に繰り出し、「ハメネイに死を」と叫んでいた。
しかし、米・イスラエルによる民間人を巻き込む連日の攻撃を目の当たりにして、多くのイラン国民は理不尽な戦争に怒りを覚えている。命を狙われるリスクがありながらも、故ハメネイ最高指導者が執務室に残る決断をしたことも国民の団結を後押しした。現在のイランが置かれた状況は、第3代イマーム・フセインのカルバラーでの殉教とも響き合う。現体制に不満を持つ国民は確かに多いが、愛国心の高まりを受けて、反米・反イスラエル感情の方が優勢な状況だといえる。生活が成り立たなくなる不安感もあり、この機に乗じて体制打倒に動こうとする人は多くないようだ。
なお、イラン国民の意識に少なからぬ影響を与え得るのが、「イラン・インターナショナル」に代表される反体制メディアの存在である。もし米・イスラエルが体制打倒のうねりを作り出したいのだとすれば、こうしたメディアを戦略的に利用するかもしれない。
現体制に代わる受け皿の不在問題
もう一つの注目すべき動向は、イラン現体制が崩壊するものと仮定して、ではその受け皿となるような体制・組織・個人が存在するのかという点である。反体制勢力として挙げられる2つの主体を挙げてみよう。
(1) パフラヴィー元皇太子を中心とする王党派
パフラヴィー王朝時代の元皇太子(米国在住)は、イラン国内が不安定化するたびに、SNS上で動画やメッセージを発信し、体制打倒に向けた国民蜂起を呼び掛けてきた。今回も米・イスラエルが攻撃して以降、メッセージを連日のように発信し体制打倒を訴えている。しかし、王制への不満が79年2月のイラン革命に結実した歴史的展開を踏まえれば、イラン国民がパフラヴィー元皇太子を新指導者として受け入れる状況は想定されないとしても過言ではない。
(2) モジャーヘディーネ・ハルグ(MKO)
もう一つの反体制主体としてMKOが挙げられる。MKOとは、65年にモサッデグ元首相の支持者らにより創設された組織で、イスラムとマルクス主義階級理論を融合させた特異なイデオロギーを標榜し、パフラヴィー朝に対する反王政運動を展開した組織である。政治部門はイラン国民抵抗評議会(NCRI)と呼ばれる。
79年イラン革命時、MKOは革命勢力の一角を担ったが、イラン・イラク戦争では、イラク側に立ってイランを攻撃するに至り、イラン本国では「偽善者たち」と呼ばれるようになった。現状、多くのイラン国民はカルト化したMKOに嫌悪感を抱いており、同組織がイラン体制に代わる新たな受け皿となることは、国民感情や勢力を考慮しても、想定されない。
小括すると、イラン国民が現体制を満場一致で支持しているわけでは決してないが、かといって体制打倒に向けた熱気が国民の間にあるわけではなく、またそれを支持する外国のスポンサーがいるわけでもないことに加えて、そのような興奮の渦を生み出せるカリスマ的なリーダーもいないのが実状である。
反体制武装勢力の動き
イランの多様性ということからいえば、少数民族を母体とした反体制武装勢力の動きも無視できない。
(1) クルド人を主体とする反体制武装勢力
北西部コルデスターン州とケルマーンシャー州を中心として、イランにはクルド人多数地域がある。そこでは、民族自決や自治を主張する、イラン・クルディスタン民主党とコマラ党の動きが注目される。
これらの組織はイラン国内で治安事案を散発的に引き起こしてきた。一方で、隣国のイラクやシリア、トルコとは異なり、イラン国内のクルド人は一定程度の既得権益を獲得し、体制の枠内で活動してきた経緯がある。体制外武装勢力として活動するものも依然あるにはあるが、現時点で大規模な反体制活動が計画されているとは伝えられてはいない。
