2026年3月27日(金)

お花畑の農業論にモノ申す

2026年3月27日

やるべきは公正・公開な市場の整備

 認可を受けた民間機関が算定したコスト指標を価格交渉での共通土台にすること自体は、「一つの参考」であり問題がなさそうに見える。しかし、「これは政府が認めた最低線(あるいは上限)だ」として扱われることが容易に予想され、スタート時の善意の意図を逸脱し一人歩きすることも多い。

 特にコメの関係者には国に責任を押し付ける「クニガクニガ病」が色濃く残っているから、もう一度、「食料・農業・農村基本法」の基本的精神「需給事情及び品質評価の適切反映と食料の持続的供給(に要する合理的な費用の考慮)」、要するに「価格は競争で、所得は経営政策(所得補償)で」に立ち返るべきではないか。

 世界の農業政策の潮流も、農産物価格と農家所得の分離が主流であって、価格の判断は事業者に任せようではないか。所得補償には膨大な財源が必要との説が喧伝されているが、明治大学の作山巧教授は「いま生産調整に要している経費に比べて、むしろ安上がりになる、国民計算上は所得補償の方が経済収支尻はプラスだ」と解説する。

 「コスト指標が先にあって、『需給も』考慮する」ではない。需給事情がまずあって『コスト指標も』考慮・参酌される。旧食管法の生産者米価(政府買入価格)決定における『経済事情の参酌』に際しては、需給事情が最優先の運用であった。

 ただし、日本のコメ産業は生産者から卸、小売りへの流通過程が開かれておらず、数多くの関係者が参加する公正・公開の「マーケットが存在しない」に等しい。現在価格、将来価格の判断のよりどころがない。これが、「一方的な売り手市場だったり、一方的な買い手市場だったり」の根源だ。現場で生産継続の見通しが立たないのも、公正・公開の市場が価格を通じて正しい需給のシグナルを送れていないことに根本的な問題がある。

 政府が行うべきは、公正・公開市場の整備とその機能の発揮である。「価格は需給の体温計=余計な手出しは、病状を悪化させる」と心得なければならない。

 敢えて付言するならば、「価格が下がる商品は需要を喚起し、価格が上がる・高止まりする商品に将来はなく、イノベーションも起こらない」と考える。

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