中国バイオ躍進のカラクリ
〝アンサンブル創薬〟とは
なぜ、中国企業がバイオ新薬で世界を席巻しているのか?その背景を探るとアンサンブル創薬という画期的な創薬手法を中国のバイオベンチャーや製薬企業が巧みに活用し、世界進出していることが分かった。アンサンブル創薬とは、筆者が本気で今年流行らせようと企図している造語である。従来の新薬開発が、1種類の薬効分子の探索や合成に終始していたのに対して、別々の機能をもつ分子(モジュールと呼ぶ)を結合し、薬効を実現するのがアンサンブル創薬だ。まるで複数の種類の楽器を集め、美しい調べを生むアンサンブルのように、複数のモジュールを集め、薬効や患者のQOLを改善する新薬を創製するのだ。
アンサンブル創薬の出現で、創薬のあり方そのものが激変した。従来のように自社内で完全な医薬分子を創製するよりも、患部に医薬品を送り込む「医薬送達システム」や「抗体」など、必要なモジュールである「部品」を集めてきて創薬する、つまり医薬品産業がiPhoneのような電子機器と同様に組み立て産業化しつつあるのだ。中国が組み立て産業で世界を制覇した状況を医薬品産業が後追いしているわけである。
アンサンブル創薬の先陣を切ったのが「siRNA製剤」と「抗体薬物複合体(ADC)製剤」だった。
前者は、特定の遺伝子発現を抑制する短いRNAに、複数の糖の分子を化学的に結合することで、肝臓への薬物送達を可能にし、一挙に市場を拡大した。
後者は第一三共が「エンハーツ」で切り開いた第二世代のADCが代表的だ。これは、トポイソメラーゼ阻害剤という薬物を独自の「リンカー」という、物質同士をつなげる技術を用いて、抗HER2抗体に結合したものだ。抗HER2抗体とは、乳がんなどの細胞の表面に発現するHER2というタンパク質に結合する物質のため、抗HER2抗体があることで特定のがん細胞にADCが結合する(薬物を届ける)ことができるのだ。薬物、リンカー、抗体の3つを組み合わせて、累積売り上げ1兆円を超える革新的医薬品を誕生させた。同様の動きは血友病治療薬やB細胞リンパ腫治療薬などでも急速に開発が進む。また、新型コロナワクチンが口火を切ったmRNA医薬品もアンサンブル創薬の先駆けとなった。
アンサンブル創薬で中国の台頭を象徴するのが、細胞表面に発現しているPD−L1という物質と、血管新生などに必要なVEGFというタンパク質の両方に結合できる、新しい抗がん剤「プミタミグ」だ。これは、免疫チェックポイント(PD−L1)と血管新生(VEGF)をダブルで抑制する効果を狙っている。新型コロナワクチン開発で名を上げた独・ビオンテック社が次の成長エンジンとして中国・普米斯生物技術社(バイオテウス)を約1500億円で買収して手に入れた。
25年12月に米・ブリストル・マイヤーズ スクイブ社と共同で肺がんを対象にフェーズ3治験を開始した。米・ファイザー社も同年7月に中国・三生製薬(スリーエスバイオ)社から最大12.5億ドルで、プミタミグと類似のシーズ(医薬品のタネ)を導入した。既に6社以上の中国のバイオベンチャー企業が類似シーズの治験を開始、海外企業へ技術導出している。
PD−L1に結合できる薬剤(抗PD−L1抗体)と、VEGFに結合できる薬剤(抗VEGF抗体)は全世界でスイス・ロシュグループが、それぞれ16年と07年に商業化した抗体医薬だ。つまり、中国のバイオベンチャーは既存の抗体分子(モジュール)を組み合わせるだけで、あっという間に新薬を創製したのだ。
アンサンブル創薬が新薬開発に二つの新潮流を生んだ。第一は特許切れの薬効成分(モジュール)の復活だ。第一三共がADCのエンハーツで利用した薬剤は旧第一製薬が創製した「イリノテカン」という有効成分の誘導体(一部を変化させた物質)で、それを組み合わせることで、特許切れの薬剤の特許を新たに獲得できることもアンサンブル創薬の魅力なのだ。

