2026年4月10日(金)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2026年4月10日

過ぎ去りし20世紀後半の関係性

 オランダ領東インドとして長らく植民地支配を受けてきたインドネシアは、太平洋戦争後に本格化した武力闘争を経て、1949年にオランダからの独立をはたす。その後、日本とインドネシアの関係は密接なものであった。

 反植民地・反帝国主義的で「非同盟諸国」の雄を目指したスカルノ政権期には、植民地期に経済的実権を握ってきたオランダ資本や華僑資本を駆逐する一方で、経済成長の梃として日本資本の導入を図ろうとした。これは日本にとっても、戦後のアジア市場復帰という観点から利害が一致するものであった。

 さらに64年のスカルノ失脚と、以降30年以上にわたって権力を掌握したスハルト政権期に入ると、インドネシアは日本資本にとって、より安全で確実な投資先となった。すなわち、軍・官僚・縁故資本のトライアングルによって確固として支えられた盤石のスハルト体制下では、実行力のある経済政策や、効率的な利権分配システムが機能した。こうした予見性の高い安定した環境の中、日本は最も歓迎される外国資本として積極的に進出し、投資・貿易の両面で大きな地位を築いていった。

 特筆すべきは、この両国関係の間で、表裏を含めたさまざまな人脈が、新陳代謝を経ながら重層的に育まれてきた点であろう。たとえば戦前・戦中に現地を知悉していた人々の存在や、独立戦争期に培われた人脈は、70年代頃まで有効に作用した。

 その後にも、拡大を深める経済関係を反映して、日本では政・官・財・学の各界で、インドネシアとの間を結んで活躍する新しい世代が継続的に登場してきた。こうした人脈の厚さが、両国の結びつきを、より強固なものにしていった。

21世紀の関係変容

 だが21世紀に入ると、両国関係は大きく変容する。スハルト体制崩壊とその後の政治的不安定から、従来の利権分配システムは機能不全に陥り、これによって予見性の低下したインドネシア市場に対し、日本は投資に慎重になっていった。

 一方で入れ替わるように、台頭・膨張する中国との貿易関係は急拡大し、中国の対インドネシア投資も急激に伸びていった。その圧倒的かつ功利的な投資によって、インドネシア側でも新たな利害構造が形成されてゆく。特に、2014年に成立したジョコ・ウィドド大統領の長期政権下では、その動きが顕著となる。

 同政権の外交政策は、外国依存からの脱却を目指した「海洋国家構想」を柱としたが、そのパートナーとしても中国との関係強化が目立ち始める。これは一見すると、外国依存からの脱却とは矛盾するように見える。

 だが実際には、スハルト体制以降の米国・日本との関係性をリバランスし、地域内で角逐を強める米中間での均衡を図りつつ、地域大国として独自の立場を強めることは、インドネシアからすれば矛盾するものではない。むしろ、すでに最大貿易相手国となっていた中国との間で、経済面・安全保障面の関係が強化されることは、自然な成り行きでもあった。

 もっとも日本では、南シナ海のナトゥナ諸島周辺海域におけるインドネシアの対中強硬姿勢を過度に評価し、あるいは日中間競合となったジャカルタ=バンドン高速鉄道建設でのインドネシアの「裏切り」を非難する向きがある。これらは総じて、インドネシアという国の立ち位置、外交原則、そして新たな利権構造の現実を理解していない。


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