2026年4月21日(火)

野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2026年4月21日

「中国寄り」の功罪

 鄭氏は戦後に中国から台湾に渡ってきた外省人家庭の出身で、身長178センチの長身で長髪、メガネがトレードマーク。90年代の民主化を求めた学生運動に参加し、民進党から政界入りした。党内のトラブルで失脚すると、05年の連戦国民党主席の歴史的訪中にスポークスパーソンとして同行し、華麗なる転身を遂げた。

 ただ国民党の中で出世はなかなかスムーズではなかったようで、中堅政治家の一人にすぎなかった。ところが11月の選挙で一躍、鄭氏ブームが起きて当選した。

 事後の分析では、中国の影響力を受けているとみられるカウントから鄭氏を礼賛する動画やコメントが大量かつ短期的に拡散されていたことが判明した。鄭氏は当選後も「私は中国人」などと語って北京の論調に迎合する主張を繰り返し、国会では国民党と友党の民衆党が過半数を制しているのを利用して民進党の議案をことごとくストップさせてきた。

 鄭氏のこのような中国寄りのスタンスが世論にウケるはずがない。国民党の支持は低迷し、民進党は逆にリコール運動の失敗から下落した支持率が持ち直すようになった。このままでは鄭氏の存在理由まで問われる――。

 誰もがそう思っていたタイミングで、訪中が中国側から発表され、台湾政界は騒然となった。なぜなら、これまでの「現実派」の党主席に会おうとしなかった習近平氏が、政治的な実力が未知数の鄭氏とのトップ会談にいきなり臨むのである。

会談の〝成果〟

 実際の習氏と鄭氏の会談の具体的内容は乏しいものだった。合意文書も共同会見もなかった。両者の会談で確認されたのは、互いに台湾独立に反対し、中台の間の対話が重要であるという点のみだ。

 政権与党ではない国民党にできることも限られている。また、握手の時間も13秒とそれほど長くはなく、握手する習氏の表情はずっと厳しいままで、鄭氏をまだまだ完全には信任していないことは明らかだった。

 それでも中国は鄭氏の帰国後は台湾に対する「恵台」と呼ばれる優遇措置を発表。観光客の送り込みの再開や台湾の農水産品の輸入拡大を表明した。


新着記事

»もっと見る