2026年5月31日(日)

偉人の愛した一室

2026年5月31日

ふるさとで語り継ぐ
歴史の証言

 杉原千畝記念館の建つ岐阜県八百津町は、陶器で名高い多治見から車で1時間ほど、古くから木曽川の水運で栄えた山間の地である。母の実家がこの町にあり、本人も里帰りで訪れていたことから、白羽の矢が立った。美しい棚田でも知られ、千畝の名はそこから取られたという。

 建物は名産の檜を使ったログハウス風の造りで、1階が展示コーナーになっている。杉原の行動を細かにたどる他、その背景をなすユダヤ人迫害の歴史やホロコーストの残虐な実態、救われた人々、救われなかった人々のその後についてなど、青少年でも理解できるよう丁寧に解説されている。目を背けたくなるゲットーの死体写真も展示されており、見識がうかがわれる。

リトアニアの日本領事館執務室を再現した「決断の部屋」。杉原はこの部屋を出てからもビザの代わりとなる渡航許可証を書き続けた。館内には外務省との公電など貴重な資料も展示されており、その葛藤を肌で感じられる
決断の部屋では椅子に座って入場券にビザのレプリカスタンプ(命のビザ)を押印することで、杉原の追体験ができるようになっている

 その奥に杉原の領事館執務室が再現される。机や椅子、机上の印判や電話機など、想像をもとにしてつくられたものとはいえ、部屋には当時の世界地図や書棚なども飾られており、戦前の在外公館の雰囲気を十分に伝えている。

当初、杉原は全て自筆でビザを書いていたものの、多くの要望に応えるべく途中でスタンプが併用された

 だが、この記念館には何ものにも代えがたい歴史の証言が伝えられていた。シルビア・スモーラーさん、当時8歳だったユダヤ人女性から当時のパスポートの寄贈を受けており、そこには家族3人の写真が貼られている他、訪れた国々のビザ、そして、杉原の〝命のビザ〟がはっきりと記されている。日本には3通しかない実物の一つで、記念館では精巧なレプリカを作成して閲覧に供している。太い万年筆の手書き文字が、杉原の信念をじかに伝えてくる。人としてとるべき道とは──。

手書きの文字が残る「命のビザ」のレプリカ。救いを求める人々と向き合った杉原の苦闘を伝える
ユダヤ人が「命の次に大切」と語る日本通過ビザのレプリカ。当時、ビザは家族ごとに発行されていたため、実際に何名が1通のビザによって日本に渡っていたかの明記が難しい

 館長の伊藤祐子さんは話す。

 「人道主義とは何かを考えてもらえる場所でありたい。特に若い世代の研修先に選んでほしいです」

モニュメントが印象的な「人道の丘公園」は丸山ダムのほとりの高台にあり、八百津の自然を一望できる

 ルーマニアで敗戦を迎えた杉原は、再婚した幸子夫人とともにソ連に拘束され、47(昭和22)年にようやく帰国する。待っていたのは外務省からの退職勧告だった。職員の3分の1がリストラされる状況で、ノンキャリだった杉原にポストは残されていなかった。戦後は、ロシアとの交易を手がける商社員として長くモスクワに滞在している。

 戦後、杉原によって救われたユダヤ人の1人がイスラエル大使館に勤務、恩人の行方を捜して外務省に問い合わせた。回答は「該当者なし」。それでも諦めることなく捜索を続けたことで、その存在が世界のユダヤ人たちに知られることとなった。イスラエルはこの英雄的行動を称え、格別な褒章を行っている。

 杉原を多くの日本人が知るのは、映画『シンドラーのリスト』まで待たねばならないのだが、その人生は、誠の勇気とは、真の人道主義とはいかなるものか、日本人のみならず、世界に深く訴えかけている。

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国際秩序、瓦解の危機 日本主導で平和の再構築を
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ある写真集を手元に置き、時折ページをめくりながら、この原稿を書いている。『ヘルソン―ミサイルの降る夜に』(f/8)─。フォトジャーナリスト・佐々木康氏がロシアの侵攻下にあるウクライナへ二度赴き、撮影した作品だ。 佐々木氏は4月下旬、取材で知り合ったウクライナの兵士に「平和とは何か」を尋ねたところ、こう返されたという。「戦争の間の一時的な休息だ」 さらに、兵士はこう語った。「私たちの本性は、人間が絶えず平和に暮らすことを許さなかった。戦争は繰り返し起こる。私たちの世代は、第二次世界大戦後の長い(あるいは短い)平和な時代を生きることができて幸せだった。今、その時代は終わりを迎えようとしている」 誰しも、この言葉を信じたくはない。だが、この世界から戦争をなくすことがいかに困難であるかも分かっている。そうした〝大いなる矛盾〟の中で、私たちは現下の情勢をどう受け止め、どう考えるべきなのか。そして、日本(日本人)は何ができるのか─。


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