2026年6月8日(月)

トランプ2.0

2026年6月8日

旅程は西海岸・サンフランシスコから

 鄭麗文の米国訪問の旅は、首都ワシントンや経済の中心地ニューヨークからではなく、西海岸のサンフランシスコから始まった。

(Christian Hartono Tanu/gettyimages)

 19世紀半ば、金が発見されるとゴールドラッシュが起き、世界中から多くの人がカリフォルニアへ詰めかけた。その玄関口になったサンフランシスコの港に大量の中国人も太平洋を越えて殺到した。その後、彼らは今日まで続くサンフランシスコのチャイナタウンを築き、大陸横断鉄道の建設に携わるなど米国の発展に貢献した。鄭麗文がまずサンフランシスコに到着したという話を聞くと、多くの米中関係者は、その歴史に思いをはせることになったはずである。

 到着の翌日、鄭麗文が向かった先は、サンフランシスコ郊外のスタンフォード大学であった。大学内のフーバー研究所において同大の研究者らとの非公開の座談会に臨んだのであった。

(jejim/gettyimages)

 フーバー研究所は、孫文の後継者として長く国民党を指導した蒋介石が他界した後、その日記の保管場所とされた場所であった。史料の安全性が評価されたとされるが、他にも蒋介石の義弟である宋子文をはじめとする中華民国の重要人物の文書もここに所蔵されているなど中華民国との縁も考慮されたとされる。蒋介石日記の原本は裁判を経て今は台湾に返還されているが、スタンフォード大学が米台ゆかりの場所であることには変わりはない。

 この座談会において鄭は、台湾の強みである半導体産業などを生かした上でAIによる国防戦略を構築することを説明した。また、台湾の自信は米国の支持に基づいており、米国とのパートナーシップを深めたいと述べた。それに対して参加者からは、米国からの武器購入のための予算について立法院で遅延・減額させている張本人の鄭が、台湾代表のような顔をして訪米して台湾の防衛について語っている姿に疑問を呈する発言がなされたという。

 ここにも鄭の微妙な立場が表れている。その後、鄭は、東海岸のボストンへ向かった。

ハーバード大学も訪問

 東海岸ではハーバード大学を訪問した。同大においては、ケネディスクールのグレアム・アリソン教授主催の非公開セミナーに参加した。アリソンは、先日の米中首脳会談において習近平国家主席が触れた「トゥキディデスの罠」の提唱者としても知られている人物である。


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