再処理工場では審査もいよいよ「大詰め」の段階にある。日本原燃理事の竹内謙介さんは、「次回の審査会合で全ての説明を終わらせたい」と意気込む。再処理工場は26年度中の竣工を目指している。
再処理工場が動いても……
懸念抱える中間貯蔵施設
六ケ所村から車で約1時間北上したむつ市には「リサイクル燃料備蓄センター」がある。使用済み燃料を一時的に貯蔵・管理する「中間貯蔵施設」である。リサイクル燃料貯蔵地域交流部副部長の安藤達也さんは、設立の経緯についてこう話す。
「計画当初、日本には55基の原発があり、年間1000トン以上の使用済み燃料が出るとされていました。一方で、六ケ所村の再処理工場が稼働しても1年間で処理できる使用済み燃料は年間800トンです。サイクルを回しても年間200トン以上が溜まってしまうため、貯蔵場所を確保する必要がありました」
実際に運ばれてくる使用済み燃料とはどのようなものなのか。むつ市出身で同社に入社した地域交流部地域交流グループの室舘広生さんが丁寧に説明してくれた。
「使用済み燃料は、『金属キャスク』と呼ばれる輸送容器に入れられて東京電力ホールディングスと日本原子力発電から運搬されます。燃料体の種類やキャスクの大きさにもよりますが、柏崎刈羽原発の場合は4~5年で約40トン、キャスク4基分相当の使用済み燃料が発生します。この施設の最終的な貯蔵量は5000トンで貯蔵期間は最長50年間です。キャスクは熱を帯びていますが、キャスクの冷却は、外気を取り入れた自然対流による空冷のため、貯蔵建屋には冷却設備などは必要ありません」
建屋の堅牢性やキャスクの仕様・設計など、施設自体の機能性は十分に確立していることが分かった。ただ先述の通り、再処理工場の竣工が見通せないために燃料の搬入も認められていない。今後の燃料搬入を見据えた許認可取得には動き出しているものの、安藤さんによれば「キャスクは許認可を得てから設計、製造を行うため完成までに約2年かかる」という。安全を最優先に、様々なことを考慮すると、中間貯蔵にも相応の時間がかかることがわかる。
下北半島の人々は原子力施設とどう向き合ってきたのだろうか。六ケ所村出身で副村長の種市誠さんは、1985年に施設の受け入れが決定した高校生時代をこう振り返る。
「施設の受け入れを巡り、村は激しく二分していました。海洋環境調査へ向かう船とそれを阻止する船が同時に海へ出て行く景色もよく見かけたね。何でもすぐに検索できる今とは違い、情報が限られ、『原子力』と聞くだけで『危ない』と思う先入観が住民の間で広がっていました。
今では原子力の仕事に関わる村民も増え、全戸訪問をはじめとした日本原燃の取り組みも功を奏し、原子力への理解は高まっています」
一方、小誌取材班はむつ市で取材中、様々な意見を聞いた。「核の中間貯蔵施設はいらない!下北の会」事務局長の栗橋伸夫さんは、「私は専門家でも何でもないですが」と前置きしつつ、率直な思いを語った。
「再処理工場さえ動かない中で、『むつに預けられている』という既成事実が積み重なっていけば、中間貯蔵どころか〝最終〟貯蔵地になるのではと不安に思います。何よりの懸念は、私たちのような庶民からすると、原子力政策に関わる『責任の所在』が判然としないことです。万一のことがあったら国はどこまで関わるのか、最後、本当に責任を取ってもらえるのか、不安が残ります」
一方、むつ市で55年間飲食店を営むある男性は「原子力の施設のことを心配したことは一度もない。若い人が働いてくれるから、ないよりはあった方がいい」と語った。原子力政策をめぐり、人々の思いや不安は複雑かつまだら模様である。
むつ商工会議所会頭の内田大輔さんは「東日本大震災の記憶もあり、国内では原子力を話題にすること自体を避ける空気がありますが、国民一人ひとりの不安を取り除くためにも、積極的な議論や広報が必要なのではないか」との見解を示した。
