「この事故によって、もともとあった地域のコミュニティーが消滅しました。その責任は、極めて重大です。なんとしても、元の福島に戻さなくてはなりません。ただし、元に戻したとしても、地元の人は帰ってこないかもしれません。それでも、廃炉を完了させることが、私たちの責務なのです」
東京電力福島第一廃炉推進カンパニーリスクコミュニケーターの髙原憲一さんは、苦渋に満ちた表情で、こう言った。髙原さんは1994年に東電に入社し、20年以上、福島第一原子力発電所(1F)の仕事にかかわってきた。当然、1F事故以前の福島のこともよく知っている。その頃にお付き合いしていた地域の人たちの顔が浮かぶからこそ、反省の念は強い。
「見学に来られる人の中には、周囲から『なぜそんなところに行くのか』『危険ではないのか』と心配される人もいます」(髙原さん)
今、なぜ、平成という時代を振り返る必要があるのか?(前編)
今、なぜ、平成という時代を振り返る必要があるのか?(後編)
13年前の1F事故は、それほどまでに、国民に恐怖と不安を植え付ける、歴史に残る出来事だったのだ。
エネルギー・電力問題に詳しい常葉大学名誉教授の山本隆三氏は「いずれ津波が来るということが指摘されておきながら非常用電源を地下に設置し続けてきたことは理解できない。東電は、安全対策を事前にしておくべきでした」と厳しく指摘する。
東電はその責任の重さにどのように向き合い、いかに廃炉を進めているのか。その「現在地」を知るべく、小誌取材班は震災から13年がたった今年3月下旬、1Fへ向かった。