難航する「処分地」選定
国が見せた新たな動き
核燃料サイクルは、下北半島だけでは完結しない。最後の関門でもある放射性廃棄物の処分方法は、世界共通の課題である。「宇宙」処分や「海洋底」処分、南極の「氷床」に埋める方法などもかつて検討されたが、国際的な共通認識として最も安全で実現可能性が高いのは「地層」処分とされている。
地下300メートル以深の安定した岩盤に埋設し、長期にわたって地層に〝閉じ込める〟方法だ。フィンランドでは「オンカロ」と呼ばれる最終処分場が今年中にも稼働する見通しで、計5基の原発を約50〜60年運転した際に出る使用済み燃料を処分できる容量を持つ。日本とは異なり、使用済み燃料は再処理することなくそのまま処分する。
フィンランドが数歩先を行く印象を受けるが、実は、日本においてもその検討の歴史は長い。原子力発電環境整備機構(NUMO)広報部報道グループ専門部長の木下晋さんによれば、「高レベル放射性廃棄物の処分の検討が始まったのは1962年のことであり、日本で初めて商業用原子力発電所が運転開始した66年よりも前」だという。しかし、その歩みは決して容易ではなかった。
日本では処分場の立地地点の選定に際して、文献調査・概要調査・精密調査という3つの段階的な調査をそれぞれ2年・4年・14年かけて行い、最終的に1カ所の地点を選ぶこととしている。選定後の処分場建設、操業、操業終了後の地下施設埋め戻しなど、閉鎖までの期間を含めればざっと100年以上はかかる、息の長い事業だ。
文献調査に至った事例は北海道寿都町・神恵内村、佐賀県玄海町の3件のみだったが、今年5月、南鳥島で4例目となる調査が開始された。
南鳥島を管轄する東京都小笠原村村長の渋谷正昭さんはこう語る。
「この事業の必要性は十分に理解していますが、私もまだ理解しきれていないことがたくさんある。つまり、今ここで賛成・反対と単純に割り切れるような話ではない。だからこそ、この文献調査の期間を『議論』の時間にしていきたいのです」
既報の通り、今回特筆すべきは、地元からの発意なしに、国から直接文献調査の申し入れがなされた初めてのケースであることだ。国からの申し入れ自体は神恵内村・玄海町でも例があるが、それらは地元からの発意を受けてのことである。

