2026年6月25日(木)

21世紀の安全保障論

2026年6月25日

 そうした話を部下たちから何度も聞かされた佐久間氏は「親が自衛官というだけで家族は辛かったろうなと思います。そのような卑劣で陰湿な行為は決して許せないことだ」と語っていた。まさに今回の古賀議員の言葉も同類だろう。

 こうした陰湿な行為が繰り返されてきたのは、この国では防衛や軍事といった国の骨幹をなす問題が議論されるたびに、常に世論が二分されるという背景があるからだ。とりわけ1950年代から60年代にかけて「戦争反対」や「平和」といった心地よく響く言葉を多用して伸張した社会党や共産党、そして、その支持者らが唱える反軍国主義は、戦前の軍と自衛隊を結び付け、自衛隊の存在を否定し続けてきた。

あいまいな境遇に置かれ続ける自衛隊

 と同時に、インタビューを通して筆者の心に残った言葉があった。それは「私が『税金泥棒』と呼ばれた防大時代から半世紀が過ぎましたが、今なお、自衛隊がこれほどあいまいな境遇に置かれ続けるとは思ってもいませんでした」という言葉だった。

 その象徴的な場面の一つとして佐久間氏が挙げたのは、イラクがクウェートに侵略した1990年の湾岸危機だった。国際社会はクウェートを助けるため、国連決議に基づいて多国籍軍を結成、米国はじめ欧州各国から強まる人的貢献の要請に対し、海上幕僚長だった佐久間氏が直面したのは、総理官邸など政権内の強い自衛隊アレルギーだった。

 「対応は難しかったと思います。しかし、官邸から言ってくる注文は、耳を疑う内容でした。『護衛艦を白く塗りつぶせ』『砲塔を隠せ』『自衛艦旗を掲げるな』など国内法や国際法違反はお構いなし。まるでエイリアンと話しているようでした」と振り返った。

 その場面について佐久間氏の同期で陸上幕僚長だった志摩篤氏も、自衛隊を別組織として派遣しようとする政府に対し、「別組織をつくるというのは自衛隊を完全に否定した内容で悔しかった」と、筆者の取材に対し述懐している。

 それでも政治の自衛隊アレルギーは、日本を取り巻く安全保障環境の悪化や、頻発する自然災害で、泥まみれになって救助に当たる自衛隊を目の当たりにする中で解消され、多くの国民も自衛隊に高い信頼を寄せている。だが、あいまいな境遇は残されたままだ。

 その根本は、自衛隊の発足(1954年)以来、自衛隊の存在を否定する勢力から、何度も自衛隊は憲法違反だという「違憲論」が唱えられてきたように、「戦力」の保持を禁止している憲法の条文と現実との乖離があるからだ。


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