西側が接近?
一方でフォーラムをめぐっては、欧米がロシアに歩み寄ったと強調する報道が相次いだ。西側への優位性を誇示する狙いがうかがえるが、その内容は乏しく、むしろ国民が欧米の動向に強い関心を寄せている実情がうかがえた。
在ロシア・ドイツ商工会議所はフォーラム会期中に、サンクトペテルブルク事務所を開設し、その様子はロシアメディアで繰り返し報じられた。「対ロ関係を考え直したドイツ」「多くのドイツ国民は、対ロ制裁はむしろ自国にとって不利だったと考えている」などの論調が相次いだ。
ただ、制裁前は欧州でも特にロシアとの経済関係が深く、企業の対ロ投資も活発だったドイツの商工会議所がサンクトペテルブルクに事務所を開設したことは、そこまで経済的な意義は大きくはない。ロシアによる2014年のクリミア併合前に開催されたサンクトペテルブルク経済フォーラムには、ドイツのメルケル首相(当時)が企業団を率いて参加してプーチン大統領と会談するなど、まったく違うレベルの経済交流が行われていた。
フォーラム前も、ロシアメディアは「大規模なドイツの経済代表団が訪問する」などと報じたが、ドイツの主要メディアは「実際にフォーラムに参加した〝ドイツ企業〟は、ほとんどドイツとかかわりを持たない企業ばかりだった」と断じた。ドイツがロシアに大きくすり寄ったかの印象操作であった可能性もある。
米国をめぐっても類似の事象があった。ウシャコフ大統領補佐官は会期直前、米国から「公式代表団が訪問する」と発言し、国内外のメディアが一斉に報じた。ウシャコフ氏は、米国代表が同フォーラムに出席するのは「17-18年以来初めてだ」とも強調した。
しかし、代表団は米美術委員会のロドニー・クック委員長が率いるというもので、経済フォーラムの目的とは関係性が薄い内容だった。ロシアとの関係を一定程度重視するトランプ政権が、米国から代表団を派遣したという〝実績〟を残した格好だが、その訪問がどこまで実質的な意義を持っていたかは不透明だ。
様変わりしたフォーラム
97年に開始されたサンクトペテルブルク経済フォーラムは、かつては新興国として経済成長を続け、また政治的にもロシアとの関係を強化しようとする国々の首脳が相次ぎ訪問していた。日本からも18年に、北方領土問題の解決を目指した安倍晋三首相(当時)が参加した経緯がある。
しかし22年のウクライナへの全面侵攻開始以降、その様相は大きく変化している。今回の経済フォーラムではほかに、開催期間中に旧ソ連ウズベキスタンへの初の原子力発電所建設開始式典が行われ、同国のミルジヨエフ大統領とロシアのプーチン大統領がオンラインで出席したほか、ミャンマーの投資企業管理局との協力で合意するなどの成果があったという。
経済フォーラムの焦点となる5日の全体会合では、ミルジヨエフ氏のほかタンザニアの大統領、中国の高官らが出席したが、ロシアとは一定の関係を維持する旧ソ連の国と、食料分野などでロシアに依存するアフリカの国々の首脳が参加したことは、何ら不思議ではないのが実情だ。
フォーラム主催者は、今回の参加者は2万4500人にのぼり、6兆ルーブルを超える商談で合意されたなどと主張しているが、ロシアの経済フォーラムは毎年、巨額の合意があったと発表しても実効性が薄いものが積み上げられているのが実態と指摘され、詳細を確認することは困難だ。
