2026年6月30日(火)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2026年6月30日

 ケネディ長官はもともと環境弁護士として長年、農薬と闘ってきた人物であり、まさに18年のジョンソン裁判で「ラウンドアップが依頼人のがんに寄与した」と主張して2億8900万ドルの評決を勝ち取った当事者なのである。グリホサートを法廷で「おそらく発がん性物質」と糾弾した張本人が、いまや政権の中枢にいる。MAHAの支持者にとって、グリホサートは最大の敵であり、彼らはケネディ氏がこの化学物質に厳しく対処することを期待していた。

 ところが26年2月、トランプ大統領はその期待を正面から裏切る一手を打つ。国防生産法を発動して、グリホサート系除草剤と原料リンの国内生産を増強するよう命じる大統領令に署名したのである。

 国防生産法は本来、戦時の緊急事態に用いられる強力な権限である。それをこの除草剤に適用した理由として、政権は「国家安全保障と防衛上の理由」を挙げた。グリホサートが「食料安全保障」に関わるという論法であった。

 注目すべきは、ケネディ長官がこの大統領令に反対するどころか、擁護に回ったことである。かつて法廷でグリホサートを糾弾した人物が、いまやその増産を弁護している。MAHAの支持者は激しく反発し、これを「自らの信条への裏切り」と非難した。

 この亀裂は議会に及ぶ。最高裁の口頭弁論では、トランプ政権の司法省訟務長官がバイエルを支持する立場で意見を述べたのだが、連邦議会では、民主党のコリー・ブッカー上院議員は大統領令を「がんになった数千人の米国人への平手打ちだ」と批判し、ペングリー下院議員は「グリホサート免責なし法案」を共同提案して最高裁に抗議した。

 この対立は、単なる内輪もめではない。26年の中間選挙を前に、「MAHA」と「MAGA」(Make America Great Again 米国を再び偉大に)という、トランプ氏を勝たせた二つの連合の関係がこの一件で軋み始めているのである。

 ケネディ長官はMAHA支持者の怒りを鎮めようと、EPAにグリホサート再評価を求めるなど火消しに追われている。皮肉なことに、EPA自身も別の訴訟を受けて26年中にグリホサートの安全性再評価の結論を出す予定であり、政治と科学と司法が同時並行で動いている。要するに、一つの除草剤が、政権の支持基盤を割りかねない政治問題へと膨れ上がっているのである。

舞台は法廷から議会、中間選挙へ

 ラウンドアップ訴訟は、現代社会が抱える難問を凝縮している。科学的評価が分かれる時、誰がそれを裁定するのか。連邦の専門機関か、州の陪審か。被害を訴える個人の救済と、全国一律の規制の統一性と、どちらを優先するのか。そして、科学をめぐる判断が、選挙を意識した政治の力学にどこまで左右されてよいのか。

 今回の最高裁判決は、これらの問いに対する一つの答え、すなわち専門機関による全国統一の判断を優先すべきことを示した。しかしそれは論争の終わりではなく、舞台は法廷から議会へ、そして中間選挙へと移り、新たな局面が始まろうとしている。

科学とリスクの問題については、書籍『フェイクを見抜く「危険」情報の読み解き方』で、さまざまな事例を挙げながら分かりやすく解説しております。
 
Facebookでフォロー Xでフォロー メルマガに登録
▲「Wedge ONLINE」の新着記事などをお届けしています。

新着記事

»もっと見る