「異端者に占拠された聖地を浄化」という論理
実は、キーウにある世界遺産の正教施設のうち、ソフィア大聖堂がウクライナ独立派教会の象徴的な存在だったのに対し、ペチェールシク大修道院はかつて、「モスクワ派」とも言うべき位置付けであった。モスクワ総主教庁系のクライナ正教会(UOC-MP)の総本山として機能してきたからである。修道士もそこに居住し、キーウ府主教オヌフリーの拠点でもあった。
しかし、2022年以降のロシアによる全面侵攻を受け、ウクライナ政府はペチェールシク大修道院のUOC-MPの使用権を取り消していき、23年以降は新設されたウクライナ正教会(OCU)が主要聖堂で礼拝を行うようになっていた。
プーチン政権やロシア正教会総主教キリルの言説では、キエフ(キーウ)・ルーシはロシア文明の起源であり、真の正教の継承者はモスクワ総主教庁であり、ウクライナ正教会(OCU)はコンスタンティノープル総主教に支援された「分裂派」であるという歴史観が繰り返し語られてきた。
そうした世界観に立てば、今回の修道院攻撃も、「聖地そのもの」を破壊したというよりは、「異端者に占拠された聖地を浄化し、本来の秩序を回復する」という論理が成り立つ。実際、23年にペチェールシク大修道院からモスクワ系教会が排除され、OCUが礼拝を行うようになると、ロシア大統領府のペスコフ報道官は、それこそがロシアの「特別軍事作戦」の正当性を証明しているとまで述べた。もちろん筆者はロシアの理屈を受け入れるものではないが、プーチンの頭の中を想像してみれば、おそらくはそんな妄想に取り付かれているのではないかと考えられる。
このように、ロシア・ウクライナ戦争は、21世紀のドローン技術で戦われているにもかかわらず、その心理的・象徴的な次元では、中世や近世の宗教戦争や内戦に通じる側面を帯びるようになっている。
