具体的には、それぞれの潜水艦のエンジン、スクリューから発せられる特徴ある音響(専門用語で“音紋”と呼ばれる)を、好感度ソナーなどでキャッチし、コンピューター処理した上、これまで蓄積されてきた多くの“音紋”と照合して判断を下す困難な作業となる。
海上自衛隊が過去何十年にもわたり集めてきた“音紋コレクション”は,その精度や種類の豊富さにおいて他の追随を許さないものがあった。
グローバル核バランスの変容
ただ、こうした海上自衛隊の優れたASW作戦は、主として旧ソ連を“仮想敵国”として実施されてきたものだった。
今回、中国がSLBM発射実験を成功させたことにより、今後は、中国のミサイル潜水艦が広大な太平洋を自由に遊弋し始めることが予想されるため、日米そしてオーストラリア、フィリピンにとって、これまでの防衛戦略の根本的見直しを迫られる形となった。すなわち、中国による「単なる実験の成功」ではなく、核戦力が新たな段階に入ったこと、それゆえに、核戦略自体も変わったことを意味している。
なぜなら、これまでは、米ロ両国が大陸間弾道核ミサイル(ICBM)、戦略爆撃機、SLBMからなる「核戦力3本柱=核トリアード」体制を保持してきたのに対し、中国はまだSLBMの実戦配備にまでこぎつけておらず、米国および同盟諸国にとっての核の脅威も限定的とみなされてきたからだ。しかし、SLBM発射実験の成功により今や、中国も「トリアード」体制の”仲間入り“を果たし、その結果として、これまでのグローバル核バランス自体も大きく変容することになった。
しかも対峙する側からみて、SLBMの脅威はICBM、戦略爆撃機とは比べものにならないほど大きく、切迫性も高い。なぜなら、海中を潜航するSLBM搭載潜水艦は気づかれずに相手国近海にまで接近でき、戦略目標を確実に攻撃できる能力を備えているからだ。
例えば、冷戦当時から、米国西岸に近いメキシコ湾岸に潜むソ連原潜から発射されたSLBMがニューヨークに到達する時間はわずか5分前後とされ、このため、米軍のいかなるミサイル防衛システムでも対処不可能といわれてきた。
もちろん、米海軍も冷戦時代、同様に、仮想敵国としての旧ソ連を念頭に置いた抑止力を維持するため、太平洋、大西洋両海域に常時、ミサイル潜水艦を潜航させ、米国が核攻撃を受けた場合の「セカンド・ストライク(第二撃)能力」による報復態勢を維持してきたことは周知の事実だ。
これに関して筆者はかつて、ペンタゴンの特別許可を得て、太平洋沿岸のワシントン州バンゴールの厚い秘密のベールに包まれたミサイル原潜基地を取材したことがあった。
たまたま、ひっそりと静まり返った湾を見下ろす丘の上の司令部で広報将校と意見をかわしていたところ、沖合の海中から音もなく浮上しふ頭に近づいてくるなんとも不気味な巨体の潜水艦が目に留まった。「トライデント」型ミサイル原潜1番艦の「フロリダ」号だった。
艦上に、はっきり24個のハッチが確認できたが、将校の説明によると、有事の際は、すべてのハッチの扉が一斉に開いてC4型核ミサイル(多弾頭)24基が弾道軌道に入る態勢にあり、1隻だけで都市百以上を破壊できるということだった。
さらに同将校は「われわれは、トライデント型原潜が広大な太平洋に潜伏し、安全に活動する上で、日本の海上自衛隊の優れたASWの貢献を忘れたことはありません」と付け加えることを忘れなかった。
ただ、冷戦末期当時は、経済的に疲弊しつつあった旧ソ連が太平洋方面に配備した攻撃型潜水艦やミサイル潜水艦の数も限定的だったため、米海軍潜水艦も深刻な脅威に直面することなく、自由に行動できた側面もある。
しかし、今後、ロシアの戦力に加え、あらたに中国のSLBM搭載潜水艦多数が太平洋に進出してくるとなると、話は別だ。しかも、ペンタゴン当局者の話によると、ミサイル潜水艦は多くの場合、単独で行動することはまれで、敵艦による妨害や威嚇から守るため、攻撃型潜水艦が随行することが珍しくなく、上空に警戒のため戦略爆撃機を展開することもあるという。中国の場合も、数年以内に、ミサイル潜水艦のみならず、攻撃型潜水艦も多数、太平洋に展開してくることは必至だ。
