集まる物資、人……
教訓は生かされたのか?
2016年(平成28年熊本地震)と今年、2度の大地震に襲われた熊本──。前回からの教訓は今回に生かされたのか。くまもと災害ボランティア団体ネットワーク(KVOAD)代表の樋口務さんはこう話す。
「現在、我々が避難所支援をしているボランティアや支援団体などで、被害状況や支援情報を共有する会議の運営を行っています。このようなボランティア団体の中間支援を行うKVOADは、16年の地震をきっかけに発足し、今年の地震でもその経験が役立ちました。
例えば、16年の地震以降、避難所まで来ることが困難な要配慮者の名簿を作成していたため、今年の地震では在宅避難となった要介護者の方々に漏れのない支援ができました。また、16年時は外国人の支援に課題が多かった。そのため、今回は、外国人向け出張相談会を開催し、仕事や住居などの紹介を行いました」
住民たちが自ら教訓を生かせた地区もある。「16年の地震後に実施した校区防災会議がきっかけで、『地域住民がどう避難所運営に関わるか』について毎月検討を重ね、避難所運営マニュアルを作成し、ブラッシュアップと訓練を重ねてきた」と話すのは、八代市松高校区自主防災会で議長を務める大田茂さん。同代表の松村豊子さんも、日頃の積み重ねが避難所運営に役立ったと語る。
「発災後、午後6時ごろには避難所が開設され、備蓄していた飲用水や非常食を配布できました。また、避難してきた方々にも簡易トイレや段ボールベッドの組み立てなど、地域住民も積極的に協力しながら、円滑な避難所運営ができました」
一方、過去の教訓だけでは対応しきれない課題も浮かび上がった。八代市を拠点に活動するバレーボールチーム・熊本ヴィレックス代表取締役の早瀬雄太さんは、こう語る。
「チームが練習で使用する八代トヨオカ地建アリーナは、震度6強の地震では避難所として開設される想定ではありませんでした。しかし、避難を求める方々が次々と集まったため、急遽開放し、約800人を受け入れることになりました」
自身も避難所で生活しながら、被災したメンバーらと避難所運営に奔走した早瀬さん。さらに、想定されていなかった支援物資の受け入れも担うことになった。
「発災直後の3日間は、昼夜を問わず物資を受け入れました。また、行政で受け入れが難しい物資は、私たちが対応することもありました。災害時は、決められた制度や運用だけでは対応しきれない場面があります。行政と民間が連携し、柔軟に動ける体制が必要だと感じました」
課題はそれだけではない。八代市内を歩くと、所々に壊れた家屋があるものの、まち全体は日常を取り戻しつつあるように感じた。
だが、避難所ではいまだ低い間仕切りと段ボールベッドが並んだままだった。「今日のおかずは、おくらと湯葉のおひたしです」というアナウンスが流れ「久しぶりの野菜だ!」と拍手が起きたが、まちなかと避難所の〝ギャップ〟を目の当たりにして、複雑な気持ちになった。
