避難所の環境改善はなぜ進まないのか。八代市で避難所支援を行うレスキューストックヤード(名古屋市)常務理事の浦野愛さんは指摘する。
「行政と民間の支援団体の間で、『避難所が整っている』という共通認識が定まっていないことが問題の一つでしょう。行政は面として全体に支援する役割がありますが、災害救助法に基づいて避難所を運用する力がまだまだ弱く、属人的な力に頼っている面がある。支援する側もされる側も、一人ひとりが被災時に必要な知識を身につけてもらうことが必要だと考えます」
事前の備えの重要性
私たちが持つべき視点
現地での取材を通じて印象に残ったことがある。それは、地震を経験した多くの被災者が「自分たちで生き抜く」姿勢の重要性を口にしていたことだ。前出の松村さんは自身の経験を踏まえてこう話す。
「公的な支援はどんなに早くても発災から数日後。それまでは自分たちで命をつないでいかなければならず、それにはやはり備えが必要です」
10年前の教訓を生かし、防災に取り組んでいた人たちがいた一方、現地では「まさか、もう一度地震で被害に遭うとは思っていなかった」「もっと地震への備えをしておけばよかった」という本音も聞こえてきた。
前出の藤本さんが働くあおば病院理事長の三浦大介さんも、自身の率直な思いを口にした。
「16年の地震以降、地震が来ると『今回は震度3かな?』と予想する自分もいて、ある意味〝地震慣れ〟している自分がいました。まさか10年で大地震が2回来るとは……。様々な備えをしていましたが、もっと備えておけば良かったと思う部分も多々あります。日本のどこに住んでいても、地震は必ず来ると考えた方がいいのでしょうね」
10年前の熊本地震を経験した地域でさえ、被災時の記憶の風化を防ぎ、備えを継続させることは容易ではない。さらに言えば、今回の熊本の経験が示すように、一度被災した地域だからといって、再び災害に襲われない保証もない。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」を繰り返さず、命を守る備えをいかに「日常」へ組み込んでいくかが問われている。
誰もが常に災害の恐怖に怯え、委縮しながら暮らすことはできない。かといって、いずれ大災害が起こるのだからと、思考停止に陥るのもニヒリズムだ。自然災害は必ず来るという「現実」を受け止めること。そして、日常生活の中にも、「此処より下に家を建てるな」という三陸の大津浪記念碑のように、辛い記憶を、世代を超えて「命を守る教訓」へと昇華させる仕組みがこれまで以上に求められているのではないか。
もっと備えておけば良かった──。10年間で2度の大地震に見舞われた熊本で聞かれたこの〝言葉の重み〟を、私たちは自らの課題として受け止め、次なる大災害に備えることができるかが問われている。
