今回、問題になったのは道路予算だが、箇所付けは他の分野でも行われる。国土交通省だけでも河川、砂防、港湾、空港、下水道など多岐にわたっている。農林水産省でも農業用水、農道、林道、漁港など色々ある。文部科学省だったら学校の改築・耐震化事業への補助金配分といった具合である。市町村にとってはその分野の国の予算総額より箇所付けこそ関心事と言ってよい。
砂防工事についての例を挙げると、2000年の三宅島噴火の後、大量に降り積もった火山灰が今後、風雨によって泥流になって住宅地に流れてくるのを防止するため50基を超える砂防ダムを建設することになった。
砂防ダムについては、一つひとつ、なぜこれがこの場所に必要か、そしてダムの様式・規模・設計・工法等について東京都が中心となって詳細に計画しすべてについて国の担当者の実地踏査や指導を経て決定された。
こうした過程は、三宅村役場の職員と共に東京都建設局の職員が主導的に立案するとともに村民や村議会にも説明してオープンに進められた。箇所付けについて、いわゆる政治家の恣意的な介入はなかった。次々に現場視察に来る政治家からあったのは激励と助言だけだった。
都道府県の予算編成過程もオープンに
昔のことだが、筆者が都庁の高齢福祉部長だった当時は都内のどこに特別養護老人ホームを建設するかについてまで厚生省(当時)が決定権を持っていた。そこで箇所付けの季節になると、厚生省に行って責任者に資料を見せてもらい「ここは来年度回しでよいからこちらを今年度に入れてください」といった折衝をしていた。
この場合は高齢福祉部長の独断ではない。きちんと都の審査会における審議を経て優先順位が決定されていたからである。
どの地区に入所待機者が多いかなどのデータはきちんとそろっている。だから先方はこちらの要望に応じてくれる。
この種の地域データは国よりも都道府県の方が持っている。1700余の市町村の事情を国の省庁が微細にわたってまで把握しているはずがない。
行政だけが秘密裏に決定することはかえって恣意的あるいは独断に陥る危険性をはらんでいる。これは国の箇所付けに限らない。都道府県の箇所付けもオープンにすべきである。国は各省庁の予算の概算要求を秋に発表する。これはフェアなやり方である。
