第三に、一律の対中研究交流の制限を論じているのではないということである。日本の科学技術力は国際共同研究なしには維持できず、中国との交流をすべて遮断することも現実的ではない。むしろ、研究テーマと相手方に応じてリスクを段階的に評価する必要がある。
基礎研究と、AI、量子、半導体、宇宙、サイバー、先端材料、無人機など安全保障上重要な技術とそれ以外の科目を同じ基準で扱う必要はない。英国の事例が示す教訓は、「交流するか、しないか」ではなく、「誰と、何を、誰の資金で、どこまで共有するのか」を明確にすることであろう。
知識と技術を守る体制へ
第四に、研究者・企業側の意識改革も不可欠である。研究者に諜報活動への協力を疑うことばかりを求めているのではなく、外国機関との共同研究について、①最終的な資金源、②研究成果の利用者、③研究データへのアクセス権、④相手組織の政府・軍・情報機関との関係、⑤研究者自身への人材勧誘や接触、といった点を確認する習慣を定着させるべきであるとの警告である。
日本の公安調査庁も、共同研究・合弁事業を技術流出の経路の一つとして取り上げ、外国との共同研究では研究資金の出所確認とリスク評価が重要だと指摘している。
そして第五に、国民に求められるのは、外国との学術交流を無条件に疑うことでも、逆に「学問の自由」を理由に安全保障上の問題を軽視することでもない。それは、社会の開放性が悪用される可能性に備えるべきだという認識に立った対応である。
今回の MI5 の措置は、英国が防諜の対象を従来の政府機密から大学、研究資金、研究者、先端技術へと広げつつあることを示す。日本も同様に、外交・防衛・経済・科学技術を別々の政策領域として扱う従来の発想から脱し、「知識と技術そのものを国家安全保障上の資産として守る」体制へ移行する必要がある。
日本が目指すべきは閉鎖ではないが、開放性に潜む罠を見逃さぬよう、技術流出を防ぐ精緻な「研究安全保障」である。
