この戦争による死傷者数は、ロシア側が約140万人、ウクライナ側は約53万~63万人とされる。数としてはロシアが圧倒的だが、国土や人口規模を考えるとウクライナ側の被害も大きい。そこで、ウクライナ軍が進めているのは「自動化・無人化」へのシフトだ。
戦争と日常の境界は曖昧に
今、ロシア軍に近いヘルソン市や北部ハルキウ、ザポリージャなど最前線から50キロ圏内では、飛来する自爆ドローンに備え、人や車が通る道路上にトンネルのようにネットが張られている。
「移動で姿を晒すとロシアのドローンに狙われるので、今は地下や建物の中に潜って姿を見せず、極力、遠隔で攻撃を続けています。一方で、戦争が4年半にもなり、『戦争疲れ』の雰囲気も感じられました」
約7年間ウクライナ軍兵士として戦った「ディマ」という男性は、25年3月に娘が生まれた時に帰宅し、それ以来、部隊には戻らなかった。「無許可離隊」、いわゆる脱走状態である。ディマは佐々木氏にこう語ったという。
「私には、もうやり続ける力がなかった。『国の敵』になってしまった……」
日常の中に戦地があり、戦地の中に日常がある──。平和な世を生きる現代の日本人には分かりにくい感覚である。
戦争はどこまで日常に入り込むのか、そして、人々はどのようにしてその現実を受け止め、そこに暮らし続けるのか。
『20−50』は、ドローンによって拡張された新しい戦場の距離であると同時に、戦争と日常の境界が曖昧になっていく現在のウクライナを見つめるための距離でもある。
ドローンなどによって日常へと侵食していく戦争──。
私たちが平和の再構築を模索する上で、佐々木氏がレンズ越しに捉えた「20−50」の現実は、遠い国の出来事として片付けられない〝重い問い〟を私たち日本人に突きつけている。
