そうした状況において、イランの国内で「核の寸止め」戦略の有効性を問う声が生まれてきていることは驚くに値せず、当然のこととも思えるが、イランとしては、まず、なぜ「核の寸止め」戦略が狙っていた「一挙両得」を得られなかったのかを問うべきであろう。
それは、もともと「核の寸止め」戦略で「一挙両得」を得ようとすること自体が虫の良い企てだったということではないか。「核の敷居」を越えないからといって、核保有に近付こうとする核活動を行って、何らリスクを負わずマイナスを蒙らないと考えるのは甘いと言わざるを得ない。
北朝鮮は核開発を推進していたことで1994年に米国から軍事攻撃を受ける寸前であった。イスラエルは、核開発の疑いがあることで、81年にイラクのオシラク原発を空爆し、07年にはシリアのデイル・エッゾール原発を空爆した。イラクのサダム・フセイン体制は、大量破壊兵器を保有ないし開発しているかのような態度をとったことで、03年のイラク戦争を招いた。
「核製造」戦略は険しい道
イランの国内からは、「NPTに踏みとどまっているのに、保護が得られなかった」との不満の声も提起されているようだが、イランがNPT上の義務を誠実に履行していたとは言い難いことに加え、NPTは元々非核兵器国に保護を与えるための仕組みではなく、NPTに保護を求めるのは筋違いである。
イランが、「核の寸止め」戦略からより大胆な「核製造」戦略に転換し核兵器国に近づこうとするアプローチをとることは、険しい道である。核兵器製造に至るまでまだ距離があると見られることに加え、国内に米国・イスラエルの情報組織の浸透を許してしまっていると見られ、そうした動きをとることでさらに強度の高い軍事攻撃を受ける可能性がある。
そのように考えてくると、合理的な判断が優先するとすれば、イランが向かうべき方向性は、「非核兵器国」としての性格をより明確にする道ではないかと思われる。

