「書道は中国のもの」というイメージに抗して
海外、とりわけ欧米では「東洋のカリグラフィーの本場は中国、日本はその分家」という見方が根強い。中国の書法は2009年に一足先に無形文化遺産に登録されており、日本の書道の登録が中国で開かれる委員会で決まるのも、どこか象徴的だ。
しかし、日本の書は中国書法の単なる移植ではない。漢字を借りた万葉仮名から平仮名が生まれ、平安時代には小野道風・藤原佐理・藤原行成の「三跡」によって和様の書が確立した。
とりわけ仮名書は、文字が流れるように連なる連綿、行を散らして余白を構成する散らし書き、緩急と墨の濃淡が醸し出す強弱のアクセント、装飾料紙と一体となった美意識など、中国書法にはない独自の表現体系である。『古今和歌集』の写本である『高野切』に代表される平安の古筆は、世界の文字芸術の中でも比類のない到達点といってよい。
もう一つの視点は、漢字文化そのものの保存である。中国本土では1950年代以降、日常の文字が簡体字へと移行した。書法の世界では今も繁体字が多く用いられているし、2010年以降は中国における書法教育は改めて盛んとなっている。けれども、中国においては、日常の読み書きと書の文字とが切り離されたことは否めない。韓国でもハングル専用化が進み、漢字を日常的に書く人は少数派になった。
これに対し日本では、楷書・行書・草書の伝統的な字形と、そこから生まれた仮名とを、今も生活の文字として使い続けている。古典の書の伝統が日々の文字と地続きのまま息づいている国――それが、国際的に見た日本の書道の際立った価値である。
裾野の広さでも、日本に並ぶ国はまずない。小学3年生から毛筆の書写が国語の正課に組み込まれ、正月には全国の子どもが書き初めに取り組み、高校の書道部は「書道パフォーマンス甲子園」で大作を競い合う。
大規模な公募展も各地で毎年開かれている。教育と活動の量と質の両面で、日本の書道は中韓を大きく上回っていると胸を張ってよい。
