七夕は、人気の行事である。星に願いを書き、笹飾りを作るのは、楽しい。でも肝心の星空が忘れられていないか、少し気になる。
中国渡りの、七夕伝説。本家の中国や、お隣の韓国ではどうかというと、7月7日の星の恋物語は知られているが、笹飾りもお供えも、ほとんどないそうな。七夕の風習をいま1番伝えているのは、実は日本なのだ。
牽牛(ひこほし)は 織女(たなばたつめ)と 天地(あめつち)の 別れし時ゆ いなうしろ 川に向きたち 思ふそら 安からなくに 嘆くそら 安からなくに青波に 望みは絶えぬ 白雲に 涙は盡(つ)きぬ かくのみや 息衝(いきづ)き居をらむ
かくのみや 恋ひつつあらむ さ丹塗(にぬり)の 小舟もがも 玉纏(たままき)の 真櫂(まかい)もがも 朝凪(あさなぎ)に い掻(か)き渡り 夕潮に い漕(こ)ぎ渡り ひさかたの 天の河原に 天飛(あまと)ぶや 領巾(ひれ)片敷き 真玉手(またまで)の 玉手さし交(か)へ あまた夜も 寝てしかも 秋にあらずとも
(山上憶良 巻8─1520)
ゆったりと読みたい長歌である。色鮮やかな対句が印象深い。領巾は襟から懸ける布である。玉のように美しい手を互いに回して……という万葉の愛の表現も、好もしい。
これは、七夕を詠んだ本邦最初の歌のひとつに数えられる。遣唐使の末席に連なった山上憶良は、702年から2年間(4年間ともいう)唐に滞在した。帰国から10数年経って東宮(後の聖武天皇)の命により詠んだという短歌を皮切りに、憶良が詠み継いだ七夕の歌12首が、『万葉集』巻8に初登場する。この長歌は、中でも美しいと思う。
日本初の漢詩集『懐風藻(かいふうそう)』に見るように、七夕の本邦登場は漢詩のほうがやや早かった。だが七夕盛んなりし長安での経験をもとに、日本固有の和歌で情緒を込めて詠(うた)った憶良の七夕は、大いに歓迎されたようだ。『万葉集』巻10には、大勢の詠み手による七夕歌が1度に98首も載って、大宮びとたちが星の恋物語を楽しみ、歌を競った様子が偲ばれる。
私たちは今年の世界天文年を機に、アジアに伝わる星の神話伝説を集め、各国で共同出版する計画を進めている。各国で変容を遂げた七夕の物語も、ぜひいくつか収めたい。「七夕に星を見よう」企画もある。梅雨のさ中の7月7日ではなく、旧暦の七夕がよい。地域でライトダウンも試み、星や天の川を楽しんではいかが。今年は、8月26日が旧の七夕だ。
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