ダスグプタ氏は、モディ首相の靖国神社参拝に、少なくとも2つの意義を見出だします。1つは、インドの独立に尽くした日本の殉死者へ敬意を示すことです。もう1つは、日本人がパール判事を崇拝していることを知ることです。確かに、靖国神社境内の、遊就館の前の通りには、パール判事の功績を讃えた顕彰碑が立てられています。
インドは、昭和天皇の崩御に際し、外国で唯一、喪に服した国です。その理由を、上記論説は教えてくれます。昭和天皇(すなわち日本国)のために戦い亡くなった方の中には、インドの独立に尽くした人達もいる、だから、昭和天皇(昭和時代)があっての、インドの歴史、自由独立がある、との考えがあるからなのでしょう。
「インドの自由独立のためにも命をささげた日本人殉教者」という表現は、太平洋戦争の結果インドが独立する機会を得たという意味でしょうが、それをインドの独立のため日本人が殉教してくれたという表現で、日本(人)に対する深い敬愛の念を表しています。これはパール判事が、極東国際軍事裁判で日本人被告全員の無罪を主張したことと通じるものがあります。パール判事が無罪を主張したのは、「平和に対する罪」及び「人道に対する罪」は事後法であり、罪刑法定主義の立場から被告人を有罪であるとする根拠自体が成立しないという判断によるもの、と言われていますが、パール判事が、日本の戦争を一方的な侵略戦争とは断定できないと言い、ハル・ノートのようなものを突き付けられれば、モナコ公国やルクセンブルグ大公国でさえ戦争に訴えただろう、と判決書に書いたことは、日本の立場に同情的であったことを如実に示しています。
また、インドの原爆への思いには特別なものがあります。インドは、「仕方なく核兵器国」になったと言われます。論説でも、広島、長崎に触れています。
日本の過去が現在の不安をもたらしているのは確かであるが、そういうことは、例外なくどこの国でもある。しかし、受け入れ難いのは、広島と長崎の市民に対して世界最大の大量破壊兵器が試されて69年経った今もなお、日本が戦勝国によって書かれた歴史によって縛られていることである。西側のリベラル達は、中国の共産党ナショナリスト達と一緒になって、当時は国家を体現したものと認識されていた天皇のために亡くなった人々の魂に敬意を払うという日本の権利に、異議を唱えている。
昨年12月2日、天皇陛下がインドご訪問の際、晩餐会のお言葉で述べられたように、毎年8月、インドの議会では、原爆の犠牲者への追悼が行われています。
論説が示すように、日印間には、経済関係を超えた、歴史や伝統、精神性に基づいた深い絆があるようです。もちろん、戦略的、経済的観点からも、今後、インドとの関係の一層の進展を図ることが期待されます。
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