あの負けがあってこそ

2015年5月15日

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 「その一つの例がウエイトトレーニングでした。どんなに体調が悪かろうが、毎日欠かさずやることによって自信がつきました」

 「日本代表に選ばれるまでの4年間は、自分との約束を実行し続ける毎日だったと言えます」

 2004年、森は日本代表として「世界アルティメット選手権」に出場を果たした。

 しかし、すでに日本代表を通過点と考えていたため、感動も涙もなく、初選出に対する特別な感慨はなかったと振り返る。森の胸にあったものは「世界一」という目標だけだった。

 その4年後の「世界アルティメット選手権(2008年)」では、日本代表のキャプテンとして出場し銀メダルを獲得。さらに4年後の同大会では、監督兼プレーヤーとして出場し、森は念願の世界の頂点に立ったのである。

 「2008年の選手権では、決勝に出るまでのイメージはできていても、どんなプレーでアメリカに勝つのか、そのイメージができていなかったのです。当時世界をけん引していたのはアメリカでした。だからアメリカを研究して、追い掛けて、同じレベルまでは追いついたけれど、同じことをやっても体格差があっって勝てないことに気づかされました」

 「2012年は、私自身最後のチャンスだと思って『日本人らしいプレー』、『アメリカには真似が出来ないプレー』を追求したのです。あのカナダ留学で掴んだものに立ち返りました」

 森が求めたものとは日本人らしい繋がりである。

 日本人の持つ組織力は海外のチームには真似ができない。その組織力を最大の強みとして、そのうえで「全員で戦うチームにしたい」と監督就任直後に選手たちに伝えた。

 勝たなければいけないだけでは人間は動けない。目標に対して強い思いがなければ行動には結びつかない。

 根底にあるものは「このチームが好きだ」「このチームで勝ちたい」という思いである。大好きなチームで目標を達成したい。大好きなチームに貢献したい。と全員が思えるかどうかがチーム力になると考えたのである。

 森は2012年「世界アルティメット選手権」の優勝によって、4つの目標の全てを叶えた。ぜひプロフィールをご一読賜りたい。

 国土も資源も少ない日本が世界に冠たる経済大国になった背景には、勤勉で「和」を尊ぶ国民性にプラスして創造性があったからに他ならない。まさにアルティメットの日本代表の強みもそこにあると考えられる。

 2014年、森は日本代表女子の監督に就任した。

 世界の頂点に立った今、日本代表は追われる立場になった。森がいかなるチームを作り世界の強豪国を迎え撃つのか興味深い。「世界アルティメット選手権」は2016年に開催される。

【アルティメット U23女子日本代表】
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http://japangiving.jp/p/2066


森友紀 プロフィール
1996年成蹊大学文学部英米文学科入学
アルティメットに出会い、「リベロス」入部。「学生日本一になる」と決意。
1998年「リベロス」創立以来、初の学生選手権決勝の舞台に立つが「準優勝」。
1999年2年連続で学生選手権決勝進出、「リベロス」創立以来初めての学生日本一「優勝」。
2000年卒業と同時に社会人クラブチーム「MUD」を設立。
日本代表落選、仕事を変えて本格的に競技に取り組むことを決意2001年カナダにアルティメット留学。2002年世界クラブ選手権(in ハワイ)に「MUD」として出場、ベスト8入り。
2003年「MUD」が世界的クラブトーナメント(ECC)に招待される。日本として初出場、3位入賞。
日本選手権準優勝。
2004年日本代表初選出、世界選手権に日本代表として出場、4位入賞。 日本選手権準優勝。
2005年日本選手権優勝。
2006年日本選手権優勝、2連覇「MUD」で世界クラブ選手権で世界一に。日本チームとしては初の快挙。
2007年 2008年度世界選手権 日本代表女子のキャプテンに選出。日本選手権準優勝。
2008年ドリームカップに日本代表として出場、優勝(全米チャンピオンを敗る)。世界選手権に日本代表キャプテンとして出場、銀メダル獲得。日本選手権優勝。
2009年ワールドゲームズに日本代表として出場、銀メダル獲得。
2010年世界クラブ選手権にて5位入賞。
2012年世界選手権に監督権選手として出場、金メダル獲得。全日本選手権優勝。
2013年ワールドゲームズ日本代表コーチ就任。社会人クラブチーム「セブンカラーズ」所属。
2014年2016年世界選手権日本代表女子監督に就任。

  
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