あの負けがあってこそ

2015年11月28日

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結果が伴わないもどかしさ

 勝てなくなる少し前のことである。大学の道場内で同じ地域に住む剣道家から「それで日本一なの?」という衝撃的な言葉を掛けられた。鷹見はその真意を測りかねたが、学生NO.1という実力が認められていないことだけは確かだと感じた。それは自分自身が、心のどこかに持っていた思いを言い表されたようで悔しかった。

 「人に言われて認めたくはありませんが、認めざるを得ない。それを受け入れて自分の剣道を変えていこうと1、2年の頃よりも稽古に励んだのですが、負けられない、負けられないと思うばかりで結果がまったく伴わなくなってしまい、4年生になる頃には負け癖がついて勝つイメージが持てなくなってしまったのです。その結果がインカレ予選の敗退です。なぜこんなに努力しているのに……。あのときは頭の中が真っ白になって涙すら出ませんでした」

 一度見失ったものはもがいても、もがいても見えては来なかった。試合を振り返ることもできなかった。

 1、2年生の頃はただひたすら剣道に生き、純粋に挑戦者としての自分があるだけだった。しかし、勝てなくなった最大の敵は、団体戦、個人戦共に頂点に立った過去の自分を超えなければならないという重圧と周囲の期待であった。

 また、外的な要因もそこに重なっていた。それは急増する部員数による物理的な稽古量の減少である。その多くは後輩の指導に時間が割かれ、面は付けていても自分自身の稽古に当てる時間が減ったことだ。全体練習後の個人練習では補い切れなくなったことも大きな要素である。

 鷹見の同級生たちは2年時の全国優勝メンバーを含め、全員が予選で敗退しインカレ出場を逸している。創部2年目の輝きが大きかっただけに、勝負の明暗は残酷なほど敗者に影を落とした。

 しかし、そんな苦しい状況の中でも「いま自分にできることは何?」と自分自身に問い掛ける強さを持っていた。その答えは、後輩が出場するインカレの応援には行かず、国内の頂点を極める『全日本女子剣道選手権大会』(以下、全日本選手権)に挑戦することだった。

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