2024年4月19日(金)

母子手帳が世界を変える

2016年1月20日

 

世界にひろがる母子手帳

 日本の母子手帳に触発されて、各国において文化や社会経済状況を反映した様々な取り組みが、国際協力機構(JICA)、国連児童基金(UNICEF)、NGOなどの協力を受けて行われています。

 いま、世界的には母子保健に関する切れ目のない継続ケア(continuum of care)という発想が広まっています。妊娠前(思春期、家族計画を含む)・妊娠期・出産期・産褥期と新生児期・乳児期・幼児期といった時間的流れを一体としてとらえた継続的なケア、および、家庭・コミュニティ・一次保健施設・二次/三次保健施設が連続性を持って補完しながらつながるケアを提供することにより、妊産婦死亡率、新生児死亡率、乳児死亡率などを低減しようという狙いがあります。世界保健機関(WHO)やUNICEF、国際NGOや研究機関などが共同して、2005年にPartnership for Maternal, Newborn and Child Health(PMNCH)を立ち上げました。

 妊産婦・新生児・小児に対する一貫した継続ケアを確保するために、世界では種々の試みが実施されています。異なる場所で、異なる専門職によって実施されている母子保健サービスは、日本では母子手帳に記録されることで、その一貫性を担保できているということができます。21世紀になって欧米諸国が気付いた継続ケアの重要性を、すでに昭和20年代に看破し母子手帳を編み出した先達の卓見に感服するばかりです。

 当時の日本は保健医療に関する財源も乏しく、戦争直後ということもあり医師や看護師も非常に不足していました。お金もなく人もいない中で、妊婦と乳幼児には特別に砂糖やミルクを配給することにより、母子の健康を守りたい。まさに途上国だった日本の知恵と工夫が、現在のアフリカやアジアの専門家から共感を呼ぶのだと思います。

 さて、現時点で世界30数カ国で、母子手帳に関する取り組みが行われています。

インドネシア、タイ、米ユタ、カメルーン

(写真1)母子手帳は子どものもの。自分の母子手帳を大切にもつ4歳の女の子(インドネシア)

 インドネシアでは、日本に研修に来たインドネシア人医師が、日本の母子手帳のすばらしさに感動したことがきっかけでした。インドネシアでは、すでに妊婦カードと乳幼児カードが別々に配布されていましたが、健診のときに様々な種類のカードを忘れずに持ってくる親はほとんどいませんでした。そこで、日本のように妊娠中から出産、子どもの成長や発達まで一冊の手帳になったインドネシア版母子手帳が作られました。1994年にJICAの協力で始まった母子手帳は、10年後には人口2億4000万人のインドネシア全土に広まりました。2004年には、保健大臣令により、インドネシアのすべての母親と子どもは母子手帳をもつ必要があり、助産師や医師は母子手帳に記録すべきであると定められました(写真1)。

 タイでは1980年代に開発され、現在ではカラー漫画を取り入れた楽しい母子手帳が作られています。アメリカ合衆国ユタ州ではKeepsake(親から子どもへの贈りもの)の意味を込めて、アルバムと見間違うような重厚な母子手帳が開発されました。

(写真2)カメルーンでは、世界で初めて、英語(青色)とフランス語(ピンク色)の2か国語で母子手帳を作った。町の保健センターにおいても、英語とフランス語の母子手帳を配布し、2か国語で医療サービスを提供している

 2015年9月には、アフリカのカメルーン共和国で「第9回母子手帳国際会議」が開催されました。主催はカメルーン保健省と国際母子手帳委員会。日本からは、外務省、内閣府、厚生労働省、JICA、日本医師会、民間企業などから後援や協賛をいただきました。海外参加者の旅費などを除く、会議開催の費用のほとんどをカメルーン保健省が負担しました。開会式には保健大臣を含めて8人の大臣や副大臣が参列し、会議の模様が連日テレビやラジオで放送され、カメルーン国内で大きな関心を集めました。3日間の会議は、英語・仏語の同時通訳が行われ、英語圏・フランス語圏のアフリカ諸国など、カメルーンを含めて20か国から約250人が参加しました。参加国は、すでに母子手帳の普及を行っている国もあれば、これから母子手帳の導入を計画している国もあり、それぞれの国の現状を踏まえた活動発表と活発な意見交換が行われました(写真2)。

 開会式に参列した女性閣僚によれば、「カメルーンでは農業や教育において女性のエンパワメントに力を注いでいるが、妊娠・出産時に命を落とす女性が多い。母子手帳を使うことにより母子保健が向上する結果として、女性が妊娠・出産後も元気に社会参加してくれることを切望している」とのことでした。国のおかれた社会経済状況によって母子手帳を導入する動機も異なり、それぞれの国の文化や家族の思いが母子手帳に込められていることを教えられました。

 なお、2016年11月23日には、東京の国連大学において「第10回母子手帳国際会議」が開催されることが決定しました。メイン・テーマは、障がい者、貧困、難民・移民、少数民族などを包摂し、「だれひとり取り残さない(Leave no one behind)」母子保健サービスを提供するための母子健康手帳」が予定されています。専門家でなくても参加できますので、多くの方のご参加をお待ちしています。

<引用文献>

・飯酒盃沙耶香,中村安秀.日本の母子健康手帳の歩み.小児科臨床,2009;62(5):833-840
・中村安秀.母子手帳を通じた国際協力.高知県小児科医会報,2014;27:19-29

  
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