野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2016年2月4日

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野嶋 剛 (のじま・つよし)

ジャーナリスト

1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com

 翁長知事サイドが宜野湾市長選で候補者を立てようとした動機は、辺野古予定地での着工手続きをめぐって裁判で戦っている安倍政権に、反辺野古の結束の強さを見せつけることだった。来るべき6月の県議選、夏の参院選(あるいは同日選)に向けて、選挙の年といわれる2016年を勝ち抜くキックオフにしたかったのである。沖縄県、辺野古の地元・名護市、普天間飛行場のある宜野湾市。この基地問題のトライアングルを固め、日本政府の訴訟攻勢への反証にしたい思惑があり、勝利の後は、翁長知事、名護市長、宜野湾市長の三者で訪米するというプランも立てていたとされる。

 世論の流れを読むことに長けた翁長知事は、もともと自身の選挙も他人を応援する選挙もともに強く、「無敗の翁長」の伝説もあるほどだった。加えて、自身の知事選を含めて、反辺野古を掲げた2014年の選挙では連戦連勝。自分が乗り出せば勝てる、という計算があったはずである。

見通し甘かったオール沖縄

 だが、宜野湾市は、普通に考えれば楽に勝てる場所ではなかった。長年の革新市政の下、市内の経済開発は大きく停滞。4年前の選挙で革新候補を破った現職の佐喜真氏は就任から積極的に経済開発にも取り組み、宜野湾市は明るさを取り戻しつつあった。市民の間には当然革新市政への拒否感が残っており、共産党も加わるオール沖縄はその点でも不利を抱えていた。

 加えて、擁立した候補の志村氏は、父親が元県議会議長という血筋はあるが、政治家の経験は浅く、「あいさつでも原稿をつかえながら読み上げる姿にがっかりした」と宜野湾の人々は口々に語っていた。要は、タマが今ひとつだったのである。一方、佐喜真陣営はこまめに若者や女性の活動や集会に顔を出し、実際はディズニー系のホテルに過ぎない「ディズニーリゾート誘致」をできるだけ大きく宣伝して人々の経済的関心を引きつけていった。

 オール沖縄陣営のある県議は筆者の取材に、こう振り返った。

 「我々は保守から革新まで異なる背景の人々が集まったグループなので、勢いがあるときはいいが、守りに入ると弱い。その欠点が出た選挙だった。本音を言い合い、突っ込んだ情勢分析ができる選対ができていなかった」

 宜野湾という地の利、候補者の人の利でともに不利であるところに加えて、今回の選挙でオール沖縄陣営は、普天間基地の移設に賛成しながら、辺野古移設に反対する「矛盾」への回答を明確に説明しきれなかった感がある。

 政治は有権者を説得するゲームである。利益誘導やしがらみが地方選挙では目立つと言われているが、有権者は見るべき点はちゃんと見ているものだ。「理屈」が通らない話をされても、判断能力のある市民にごまかしは効かない。

 沖縄県全体の選挙であれば、あるいは、何とかなったのかも知れない。しかし、普天間基地を抱える宜野湾の人々は、代替基地を辺野古に造れない場合、普天間返還そのものが雲散霧消しかねないリスクがあるという冷たい現実を十分に意識している。その点を明確にせず、普天間移設と辺野古拒否の両方をセットで宜野湾の人々に納得させるのは難しい。

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