2022年11月28日(月)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2009年12月16日

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城山英巳 (しろやま・ひでみ)

北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院 教授

慶應義塾大学文学部卒業後、時事通信社に入社。計10年の北京特派員を経て2020年から現職。ボーン・上田記念国際記者賞受賞。早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程修了、博士(社会科学)。著書に『天安門ファイル』(中央公論新社)、『マオとミカド』(白水社)など多数。

 「ポスト胡錦濤(共産党総書記・国家主席)」の最有力候補である習近平・中国国家副主席の14日からの来日に合わせ、中国側が強く希望した天皇陛下との会見が実現するよう、鳩山由紀夫首相らが宮内庁に指示していた問題は、「天皇の政治利用」や「象徴天皇の在り方」をめぐり波紋を広げている。「民主党VS宮内庁」という構図の中、果たして天皇の行為までを政治主導で決めていいのかが問われているが、もう一方の主役・中国はなぜ、これほどまでに「天皇会見」にこだわったのか――。中国天皇工作の内幕に迫りたい。

胡錦濤訪日の前例を踏襲

 まず問題を振り返っておこう。

 外国要人が陛下と会見する場合には、1カ月前までに文書で申請する「1カ月ルール」という内規が1995年ごろから存在している。しかし、中国政府から正式に訪日日程の通知があったのは11月23日。宮内庁は同ルールに基づき拒否したことから、平野博文官房長官が羽毛田信吾宮内庁長官に対し、12月7日と10日に電話で強く働き掛け、習氏と陛下の会見は15日に実現した。

 この背景には、いったん会見を断られた中国の焦りと巻き返しがあった。崔天凱駐日大使は9日、平野官房長官に会見実現を要請。この日、大使は10日から600人以上の大訪中団を引き連れ北京を訪れる小沢一郎民主党幹事長とも面会している。

 ここでなぜ中国の会見打診が遅れたのかという疑問と、どうしてここまで中国は天皇との会見に固執したのかという問題について、検証しよう。

 「習近平副主席の訪日日程がなかなか決まらなかった」と話すのは、ある中国政府筋だ。中国では例年、12月初めごろに来年の経済運営方針を決める中央経済工作会議を開き、習氏も含めた政治局常務委員(9人)全員が参加するのが恒例だが、この会議の日程確定が遅れたのだ。さらに国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)出席のためコペンハーゲン入りする鳩山首相の日程もはっきりせず、習氏の訪日日程の最終的な確定は11月下旬にずれ込んだ。

 日本政府関係者は「習氏が訪日は、昨年から分かっていることだし、『だいたいこの辺りで』と暫定的に陛下との会見日程を決め、打診しておけば良かった」と指摘する。

 外務省サイドは、中国側に対して改めて「1カ月ルール」の厳格性を説明し、早く申請するよう促し続けたという。しかし中国側には、「ポスト胡錦濤」とも言われる大物指導者の日程が煮え切らない内に、外国に対して通告することに抵抗があったもようで、そこには秘密主義を徹底させる中国外交の体質も見え隠れする。さらに「日本にとって中国は重要な隣国であり、遅れても何とかなるだろう」という「大国」のおごりもあったのではないか。

政治主導を逆手にとった中国の「民主党工作」

 実際に1998年に国家副主席として来日した胡錦濤氏は天皇陛下と会見しており、中国側にすれば、この前例は踏襲されると甘く見ていた感は否めない。

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