史上最大の激戦の日、あの海岸にフランス兵を探したが見えなかった。そもそも、チャーチルもアイゼンハワーも6月6日の件はドゴールに伝えていなかった。したがって、フランス軍は、動員されていないというべきだろう。
しかし、華であるパリ解放の日には、あたかもノルマンディーでドイツ軍を撃退したのは我らだという顔をしてシャンゼリゼを行進した。フランス国民もそれを求めていたのだろう。
ドイツの傀儡がいつの間にか戦勝国に
その後ドゴールはフランス国家の合法性に心血を注ぎ、ドイツの傀儡政権であったフランスをいつの間にか戦勝国にしてしまった。そればかりか、国際連合ができるや否や常任理事国の地位を得ている。自らの手で独裁者ムッソリーニを排除したイタリアが敗戦国の地位に甘んじているのと比べると驚かざるをえない。
その一年後、東京湾、米国戦艦ミズリー号上で行われた日本降伏の調印式には、フランスも、ちゃっかりやって来ている。さすがにドゴールは飛来できなかった。かわりに、ドゴールが右を向けと言ったら一日でも右を向いているといわれた忠実な副官ルクレルク将軍がフランスを代表して調印式に出ている。
あがってしまったのか、英語中心の中で戸惑ったのか、調印文書は一行間違えてサインし、その後ただちに帰国したと聞いている。ルクレルクも英雄の一人でパリに彼の名を付けた大通りもある。
日本にもいませんか、大政治家ドゴールのような人。戦わずして勝つ人。
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