桶の中で槍鉋(やりかんな)を使って作業している渋い職人さん(④)、使い込んだ筋骨もまだ隆々(?)、その描写は解剖学的にも正確だとか。さらにずらりと並んだ桶造りの道具も正確に。木槌(きづち)、桶が転がらないようストッパーに玄能(げんのう)、冬の青竹から作り出した箍(たが)、その竹の皮を剥(は)ぐ銑(せん)、おまけに天秤棒の先にある留め具の引っ掛けカギ(⑤)まで、いい仕事していますね。
そしてこの「冨嶽三十六景」シリーズの約2年後に、北斎さんより37歳年下の歌川広重さんの出世作「東海道五十三次」が宝永堂より刊行されます。広重さんは北斎さんに敬意を表して、彼が亡くなるまで富士山シリーズを描くことはなかったともいわれています。そんな広重さんの大先輩に対する思いが伝わる、楽しい浮世絵をご紹介しましょう。
「葛飾翁の図にならゐて」(⑨)とある作品です(⑥)。
「尾州不二見原」に習った上に、構図、人物⑦、道具立てもしっかり広重ワールド。桶の中の富士山は大きくそびえ、家並みに柳が芽吹き(⑧)、広重さんならではの遊び心に自信、そして北斎さんへの憧憬も見えるようです。この「うちわ絵」は古くなった団扇の骨をリユースし、張り替えるための絵です。広重さんの思いとともにあおいでみたいものです。
【牧野健太郎】ボストン美術館と共同制作した浮世絵デジタル化プロジェクト(特別協賛/第一興商)の日本側責任者。公益社団法人日本ユネスコ協会連盟評議委員・NHKプ ロモーション プロデューサー。浅草「アミューズミュージアム」にてお江戸にタイムスリップするような「浮世絵ナイト」が好評。
【近藤俊子】編集者。元婦人画報社にて男性ファッション誌『メンズクラブ』、女性誌『婦人画報』の編集に携わる。現在は、雑誌、単行本、PRリリースなどにおいて、主にライフスタイル、カルチャーの分野に関わる。
米国の大富豪スポルディング兄弟は、1921年にボストン美術館に約6,500点の浮世絵コレクションを寄贈した。「脆弱で繊細な色彩」を守るため、「一般公開をしない」という条件の下、約1世紀もの間、展示はもちろん、ほとんど人目に触れることも、美術館外に出ることもなく保存。色調の鮮やかさが今も保たれ、「浮世絵の正倉院」ともいわれている。
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