対中接近を強めているのはフィリピンとマレーシアに限られません。2014年に軍事クーデターで実権を握ったタイの政権も対中関係を強めています。
上記の社説は、対中接近の3つの理由として、①米国の中国への対応、②米国内での不十分なTPP支持、③関係指導者との民主的価値の齟齬を挙げています。いずれも理解できる理由ですが、第4の理由として、中国の小切手外交があります。これら4つの中でも、米国による民主主義批判という要素は案外大きな理由ではないかと思います。
アジア外交の中で民主主義推進をいかに位置付けるかは難しい問題です。上記社説は、民主主義重視の原則は変えるべきではないと主張します。米国は、ドゥテルテの麻薬対策の手法を批判し、マレーシアについては国の資金の不正取引に関し米司法省が捜査を開始しています。民主主義の価値が重要であることは論を待たないですが、アジアの首脳達への対応には十分に注意する必要があるでしょう。ある局面では、人権・民主主義よりも戦略的安定がより重要になることも有り得ます。米外交も、長期的な観点から文化・知的交流活動を強化する等、一層洗練された形で対応していくべきかもしれません。
アジアの対中接近はこのまま拡大するのか?
しかし、アジアの対中接近がこのまま拡大し「勝ち馬現象」になるとは考え難いです。11月9日付エコノミスト誌の記事は、中国は地政学上の競争に上手くなっているが、近隣諸国は対米関係を捨てることは望んでいないと述べています。さらに、東南アジアの中国接近は「現実」というよりも「認識パーセプション」だとして、①ASEANの中でもベトナムは対米関係を強化しようとしていて、②中国がタイに約束した新幹線建設はうまく進んでいない、③中国外交は微笑がいつ強圧に代わるかわからない、④中国の小切手外交を可能としている経済が続くか、投資力では中国は米国の半分位にしかならない、⑤今後の帰趨は微笑と強圧を繰り返す中国次第だ、と述べています。有益な指摘です。
他方、近隣諸国による中国の扱いも巧妙になっています。ASEAN諸国も中国から最大の実益を引き出す術に長けてきています。米中の間で自己利益の最大化を図る小国の対大国外交の側面も見えます。
その中で、日米などによる対ASEAN関係強化が引き続き重要です。日本は、対話や経済支援など、特に重要な役割を持っています。
なお、最近のスカボロー礁を巡る動きとマレーシアの中国警備艇4隻購入の動きは注意を要します。10月18~21日のドゥテルテ比大統領の訪中後、10月下旬に中国艦船がスカボロー水域から引き揚げたことが確認されました。両国が取引をし、中国は戦術的な一時撤退を決めたのかもしれません。しかし、今のところ、フィリピンは7月の国際仲裁裁判所の裁決を維持しているようです。マレーシアの警備艇の購入については、その経緯、今後の動きが注目されます。また、トランプ米新政権のこれらの国々への対応も注目です。ドゥテルテ比大統領は、トランプが勝った以上ケンカはしたくないと発言しています。
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