2024年11月22日(金)

古希バックパッカー海外放浪記

2017年1月15日

 年金生活者の老人はハイパーインフレにより極度に目減りした年金では食べてゆけず家財を路上に並べていた。老人たちは家具、衣類、食器、古本から始まり果ては犬猫等のペットまでありとあらゆるものを路上やガード下で売っていた。冬になると地下通路は人が通行できないほどの物売りで溢れかえっていた。

 公務員も給料だけでは食べてゆけず様々な副業をしていた。顕著なのは警察官で外国人を見かけるとパスポートの提示を求め、難癖をつけて警察署に連行すると脅して数十ドルの現金を巻き上げていた。

空き缶を争い奪うモスクワ川の老人たち、神のご加護は何処に

青年僧も人の子、スマホに夢中

 定宿はモスクワ川近くでありスターリン・ゴシック建築様式で有名なウクライナホテルの対岸であった。ある夏の晴れた夕方、公園のベンチで缶ビールを飲んでいたときのことである。どうも周囲のベンチに座っている老人たちの視線が気になった。夕暮れの柔らかな日差しを浴びながらモスクワ川を眺めてビールを飲むという至福の時を邪魔されて些か不快に感じた。

壮麗な寺院の屋根の下で涼をとる善男善女。ミャンマー庶民にもスマホは三種の神器。

 ビールを飲み終わってベンチを立ち空き缶をゴミ箱に捨てたときである。一斉に老人たちが立ち上がって言い争いをしながらゴミ箱に殺到した。最初にゴミ箱に手を突っ込んだ老人は私が捨てた空き缶を手にしていた。彼らは空き缶が目当てであったのだ。

 その次の出張時の晩秋の休日の午後私は同僚と二人で同じ公園でビールを飲んでいた。隣のベンチの人の好さそうな老人と目が合ったので私は“分かっているから心配しないで待っていてね”という感じでジェスチャーをした。我々はビールを飲み終わるとベンチに空き缶を置いて老人を手招きして立ち去った。

 老人は我々に向かって穏やかに十字を切りながら“神のご加護を”というような言葉を投げかけた。混乱と貧困の時代にロシア正教が老人の心の支えになっていたのだ。共産党支配のソ連邦時代の70年間で弾圧され消滅したはずのギリシア正教は時空を超えてロシア人の心に残っていたのだと感動した。

 数年後プーチン政権になり世情が安定してくるとモスクワ市内のロシア正教の寺院や修道院が次々と修復され日曜日には盛大なミサが行われるようになった。

⇒第2回に続く

マンダレーの丘の寺院の装飾を施された内陣

  
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