ただヨーロッパにおいては、反ユダヤ主義であれば、暴力的なデモクラシーの破壊者でなくとも、民主主義の立場からは許しがたい存在です。父ルペンは反ユダヤ主義でしたから、極右と呼ばれても仕方ない面もあった。これに対し娘のマリーヌ・ルペンは反ユダヤ主義とは決別し、現代的な政党としてなるべく一般の人たちの感覚に近い立場をとろうとしています。
――ヨーロッパでは、オランダ自由党が3月の議会選挙を控え注目を浴びています。党首のウィルデルスは「リベラル・ジハード」という戦略だと。ポピュリズムと聞くと保守と相性が良いようにイメージしていたのですが。
水島:オランダだけでなく、デンマークでも反移民を掲げるポピュリズム政党が21世紀に入り躍進しています。この2カ国は、ヨーロッパの中でも福祉や環境の先進国として知られています。とてもリベラルな国なので、極右のような人種差別的な主張はそもそも受け入れられません。
そこで、オランダのウィルデルスらポピュリスト政治家たちは、自由や人権、男女平等といった近代のリベラルな価値観を逆手に取り、イスラムの後進性を批判します。例えば、イスラムは女性差別を容認し、政教分離を認めない宗教である。または個人の自由を認めない。麻薬や同性婚を認めない。このようなことは反リベラルであり、西洋近代が創り出したリベラルな価値観を守るためにはイスラムを排除しなければならないと主張するわけです。こうした主張が、オランダやデンマークでは支持を集めることに成功しています。
――本書は、売れ行きも好調で、注目を集めていますね。要因としては昨年のアメリカ大統領選挙でのトランプ大統領の勝利が大きかったのでしょうか?
水島:この本を書き始めた当時、トランプ大統領が当選することや、イギリスがEUから離脱をするBrexitが起きるとは予想していたわけではありません。手にとってもらえればわかりますが、アメリカのポピュリズムについてはほんの10数ページ程度しか扱っていません。
トランプ大統領の当選以前から、21世紀に入り、ヨーロッパ各国では既成政治に対する国民の不満や、移民、難民問題に対する反発がさまざまな形で次々と表れてきていました。そうした中で、ポピュリズムが徐々に、しかし着実に支持を集めてきたという状況がありました。そうしたヨーロッパ政治の構造的な変容は非常に重要な動きであり、なるべく広い視野でこの変容を捉えることが必要であろうということから本書を執筆しました。
ですから、トランプ大統領の当選だけではなく、ヨーロッパ各国で起きている現代の政治現象をどう解明したらいいのかという読者の知的関心が大きいのかなと思いますね。
また、既存メディアはポピュリズムに対し「大衆迎合政治」であると批判的に報道する向きが強いわけですが、それに対する違和感もありました。批判すべきところはもちろん批判すべきなのですが、21世紀に入り、なぜポピュリズムがこれだけ支持を受けているのか、そこをきちんと分析して提示していくことが、政治学者としては今必要とされている、と考えています。 我々の物の見方はどうしても20世紀的になりがちです。そういう見方からするとポピュリズムに対し違和感が募ってしまうことも多いでしょう。しかし、現実にこれだけポピュリズムが台頭している現代世界をどう理解したら良いのか、正面から考えていく必要がある。そのような問題意識を持っている方々に手にとってもらえると嬉しいですね。
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